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圧倒的なボリュームの音楽が耳に押し寄せる
けれど、不思議と大音量でありながら、不快ではない

響き渡る音の中心に 彼女が真っ直ぐに見つめる人がいる
殴られているような力強い声を全身で纏いながら
今も彼女はその声を求めている

最後の曲が流れ始めた時
静まり返った薄暗い部屋の中で
私はそっと彼女の横顔を盗み見る

深く椅子に座りながらも 静かに刺すような熱い眼差しで
彼女は 小さなステージに立つその人を見つめていた



『 あ な た と 居 た か っ た 』


仕事から帰る途中に 突然晶子から連絡が入った
久しぶり と返すと 普段からあまり話すほうではない晶子は
用件のみを切り出してくる

─ 今度の土曜日 夜つき合ってくれない?

晶子とは もうすぐ5年のつき合いになる
特別親しい訳でもなかったけれど 割と性格が似ているのか
気が合うとは思っていた

とはいえ、私も晶子も 自分からこまめに連絡を取る訳でもなく
用件があれば 連絡する程度で この時の晶子からの電話も
思い返してみれば半年ぶりだった


 ─ 別に用事はないけど どうしたの?

 ─ ちょっとジャズライブにつき合って欲しいんだけどどう?

 ─ ジャズライブ?

 ─ うん 毎年行ってるんだけど いつも行く人が今年は都合が悪くて
   急で悪いんだけど つき合ってもらえない?

 ─ 別にいいよ  ジャズは割と好きだから

 ─ ありがとう  それじゃ、土曜の21時に桜木町で待ってるから

 ─ 了解


相変わらず用件のみの話しだった。
けれど 晶子にしては珍しくちょっと強引な誘いのような気もした

ジャズライブねぇ
生で聞くと迫力があるだろうな

その時は その程度にしか思わなかった





そして 土曜日の21時
晶子と待ち合わせをして そのお店に足を運ぶ

ライブはチケット制で 1ステージ1時間\4,000と
1時間の割には少し高めな気がした

 ─ もうチケットは2人分あるから

晶子はそう言って 私が払おうとしているチケット代を断った
少し気兼ねしたけれど 急に誘ってきた晶子の好意に甘えた

ライブと聞いていたので 少し狭い空間を想像していたけれど
会場に入ると 思ったよりも広く そして思った以上に
客が入っていて、空いているテーブルが少なかった事に驚いた

適当に空いているテーブルに2人で腰掛ける
聞きそびれていたライブの事を訊ねた


 ─ 今日は 誰のライブなの?

 ─ 日本じゃそんなに有名じゃない人 海外活動ばかりの人なんだけど

 ─ へぇ〜 で どんな人なの?

 ─ 女の人だけど ものすごいパワーのある声の人 きっと気に入るよ

 ─ どのくらい前から聞いているの?

 ─ もう15年くらい前かな

 ─ そんなに前から? どこで知ったの?

 ─ 大学生の時 ここ近くの小さなライブハウスでバイトしていて
   その頃に ライブハウスで唄っていた人

 ─ へぇ それじゃ 有名になる前とか?

 ─ うん

 ─ そうなんだ・・・  でも それじゃ少し面識とかあったりするの?

 ─ 知ってる人というか・・・  初めての彼女っていったら驚く?

 ─ えっ??


突然明かりが落とされ 
薄暗い空間から流れ始めた音で会話が途切れた

聞きたい事が口の中に溢れている状態でライブが始まった


 ─ !!

ステージにライトが当たり 光の中に佇む少し小柄な女性
髪は薄茶色で短く 自分よりも少し年上と思われるとても綺麗な人

その人の口から響き渡る声に
晶子に聞きたかった事が 全て消し飛ぶほどの歌声で
一瞬にして 心を鷲掴みにされた

ジャズは割と聴くのは好きだけど それほど詳しくはない
知らない曲の方がきっと多い

なのに ステージ上の彼女の歌声は
今ここで 初めて耳にしたものでも
彼女の歌声と言うだけで 脳裏に全て刻まれてしまう

こんな体験は初めてだ

初めて聞いた人の声に ここまで意識を浚われるなんて

連続4曲が終わり やっと一瞬の沈黙ができた
そこでやっと我に返った

しかし次の曲がすぐに始まり また音楽の波に呑まれる
圧倒的で 力強いその声に包まれている間は
隣りに晶子がいることを忘れていた


そんな1時間はあっという間に過ぎ  
ステージ上の彼女が 歌以外の声を初めて発した

 − 今日はこれが最後の曲になります
   私の思い出のバラード 【Time after time】


今までのパワフルな曲ではなく
ピアノだけの伴奏が流れ始める

 − これは・・・
   シンディ・ローパーのTime after time?


穏やかな空気の中 やっと隣りの晶子の存在を思い出した
そして このライブが始まる寸前に 晶子が口にした言葉の事も

 ─ 知ってる人というか・・・  初めての彼女っていったら驚く?


晶子の初めての彼女?

あの人が??

恐る恐る 横に座る晶子の横顔を伺う

深く椅子に座りながらも 静かに刺すような視線で
彼女は 小さなステージに立つその人を見つめ続けていた





1時間で終わったステージは 夢のような一時だった
一瞬であの声に取り込まれた感動と
最後に見た晶子の横顔が脳裏に焼き付いた

なにを口にしていいか解らず
観客が席を立ち始めた中で ただ俯いていた

 − 行こっか

晶子がそう口にして 私は何も言わずに頷き
その空間を後にした


そのまま帰るのかと思っていた時
晶子に 一杯つき合って といわれ
近くのショットバーに入る

 − どう? 良かったでしょ?

ジントニックを飲みながら そう聞いてくる晶子の顔が見れない

 − 晶子・・・ あの人は・・・

さっき聞かれた事とは違う 今一番聞きたい事を思い切って口にした

 − なに? あの人のこと?

 − うん

 − さっきも言ったけど あの人は私の初めての彼女
   10年以上前の事だけどね

 − でも どうして?

 − どうしてって・・・ んと 
   バイトしてたライブハウスで歌っていたあの人に 
   私が一目惚れしたの

   だから 必死に 必死にあの人に近づいて
   知り合ううちに あの人は 私のことを
   可愛い妹みたいにかわいがってくれて

   あの人はそういう人じゃなかったけど
   でも 私が我慢できず 気持ちを打ち明けた時
   応えてくれてた 

   本当に嬉しかった・・・

   そして 恋人になった

   けど 長くは続かなかった

   あの人の夢は大きすぎて 重たすぎて
   私は 若すぎて それを支えきれなかったから

 − そうだったんだ・・・

 − 彼女 今はもう結婚してる
   
 − ・・・・・

 − でもね 今でも連絡は取り合ってる
   電話がかかってきたり 電話をしたり
   今の方が 昔よりも良い関係なのかもしれない

 − 晶子 あなた今も・・・

 − うん 今でもあの人の事は好き
   あの人も 今でも私の事は好きだと思う

   でも その事は お互い今は口にしない
   お互い もう昔とは立場が違うから

 − 晶子・・・

 − 逢うのは 1年に1回のこのライブだけ
   でも 直接逢ったりはしない

   ステージの上から 私はあの人を見るだけ

   彼女も 私を客席から見つける 

   彼女の歌の中で 私たちは再会するの   
   ただ それだけの逢瀬


晶子はグラスを少し傾け ジントニックを一口飲み干した後
寂しそうに俯く

 − 1つ聞いていい?

 − なに?

 − 最後に唄った 【Time after time】
   あれって、シンディーローパーの曲だよね?
   思い出の曲って言っていたけど あれは・・・

 − あぁ あの曲ね

 − うん

何かを思いだしたように 俯いて笑みをこぼす晶子

 − あの歌は 私が一目惚れした時に聞いた歌で
   初めて夜共にした日の朝
   ベッドの中で 歌ってって 強請った曲なの


そう言うと うふふっ と笑いを零す
少し笑いの後 突然それが途切れる

 − 唄ってって言った時 
   あの人一瞬、苦笑いして
   それから、優しく笑って 優しく唄ってくれた

   だけど、知らなかったの・・・
   
不意に 晶子の言葉が止まる

 − 何が?

一瞬間をおいて 晶子が言葉を続ける

 − あの歌はね 昔別れた恋人の懐かしむ歌
   去っていった恋人を いつまでも想い続ける歌だったの



カラン と空になったグラスの中の氷が傾き ぶつかる音が響く


 − あの人の元を去る時 あの人は何も言わなかったの

 − うん

 − 本当は・・・  本当はね・・・

 − ん?

 − 本当は行かないで って言って欲しかった

 − 晶子・・・

 − 今は なんで引き留めてくれなかったのかは 解る

   私はまだ若かったから あの人は 私の将来の事を考えて
   私を自由にした

   でも・・・ そうだとしても・・・

   あの時 私はあの人に伝えたかった

   本当は あなたと居たかった・・・ って  


俯く彼女の頬を 光ものが一筋流れ落ちる


何も言えなかった
ただ 晶子の隣りにいることしかできなかった

何も言わずに 私も晶子も 飲み続けた



どのくらい時間が過ぎたのか
店員から ラストオーダと声をかけられて時間に気づく

時計を見ると深夜を回っていた

何も言わず 2人で席を立つ
無言のまま 店を出て 何も言わずに駅に向かう


駅への道すがら 晶子が口を開いた


 − 今日はありがとう


その一言だけ口にして 駅で晶子と別れた

最後に見た晶子の背中は 
私に何かを告げているように思えた







本当は あなたと居たかった


晶子が呟いたあの言葉
そして 晶子がステージのあの人を見つめる横顔

帰りの電車の中でも 自分の部屋に戻ってからも
ずっと繰り返し 私の頭の中を回り続けた


戻らない過去

伝えたかった言葉

伝わらなかった想い

年月を越えた想い

思い出にならない想いは

    今も心の中で静かに生き続ける

いつか 晶子の言葉が届くことを そっと願う






その日以降 晶子から連絡は来なかった

私から連絡をしても 晶子の携帯は繋がらなかった



もしかしたら あの人を追ったのかもしれない


出会えることを

そして 言えなかった言葉を

     伝えたかった想いを 伝えられることを 



もう会う事はない友を思いつつ 私は祈り続ける



【END】



                               
2006.07.31 quajimodo

 
 ブログの1万打越えとサイトオープンのお祝いに相互リンクしていただいている『OASIS』のかじさまからまたまたいただきました!
 思わずブログのカウンターを見に行ってしまいましたよ、私。
 越えてたんですねぇ、一万……。うっかり気づきませんでした、なんと言う不束者!
 実はカウンターはあまり気にならないのですよ。気になるのは読んで下さっているかどうかなので。
 本当にお恥ずかしい限りです。

 そして今回は語り手はなかなか懐の深いお友達。
 彼女によって語られる友人の晶子がさらっとゲイである事を告白してるのに動揺してません。
 や、動揺してるんでしょうけどありのままを受け入れる懐の広さを持っているようです(スイマセン、変な部分着眼してます^^;)
 もともと晶子の性癖を知っていたとか、ソッチ系の友達であるとかも考えられますが……。
 ジャズとバーと昔語りをする友達同士。そしてそれは勿論過去の恋愛話で、懐かしく切なくそして甘やかで……。
 映画のワンシーンが浮かんでくるような情感たっぷりの素敵なお話です。
 晶子が昔の恋を取り戻して、愛する相手と幸せになっている事を語り手の彼女同様願わずには祈らずにはいられません。
 かじさま、素敵な物語をありがとうございました。
 いつも感謝しています。



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