だいすき
佐倉楓と
檀若菜は幼馴染みの親友同士だ。
最近なんだか元気の無い若菜に楓は聞いた。
「ね、ワカちゃん、なんか最近元気なくない?」
学校からの帰り道、ぼんやりと無言で歩いていた若菜は楓の言葉にハッとしたように隣を歩く幼馴染みを振り返った。
最近、ずっとずっと考えていて、でも答えのでない事が確かに若菜の気持ちを塞いでいたから。それに幼馴染みで親友の楓は気付いてくれたんだと、嬉しくなった。
「――あのね」
少しだけためらいを見せたが結局自身では答えのでない悩みに若菜は自分の心の弱い部分を幼馴染みにさらけ出す事に決めた。
「――あたし、最近すっごく嫌な子なの……」
「えぇっ、なんで?」
確かにこのごろ元気は無いけれどそれ以外は特に変わりない様子の若菜の言葉に楓は驚きの声を上げた。
「なんかね、あたし、カエデちゃんの事ダイスキなのに、時々むかむかしたりイヤな気持ちになるの」
「えっ、私、何か悪い事した?!」
「ううん、ううん!!」
若菜は激しく首を振って大袈裟なほど否定した。
「カエデちゃんがどうとかじゃなくてね、なんて言うのかな。カエデちゃんがキミちゃんとかカズちゃんとか、あとほかにクラブの子達と一緒に楽しそうにしているのを見ると、今まで感じた事が無いようなイヤな気持ちになるの」
ふっくらとしたさくらんぼ色の口唇を小さな前歯で噛み締めて若菜は酷く汚いものを吐き出すように告げる。
「あたし、カエデちゃんの事ダイスキなのに、どうしてそんな気持ちになるのか判らなくて、……このごろすっごくイライラするの」
あたりは足の早い冬の夕暮れ。ぼんやりしているとたちまち闇に包まれてしまうだろう。無言で立ち尽くす二人に身を切るような冷たい風がびゅうびゅうと吹き付けた。
「それって、悪い事なのかな?」
うつむき加減の若菜をしばらく見つめていた楓は思案気な顔でポツリと洩らした。
「ワカちゃんの気持ちはたぶん私には判らないけど、そういうのって《どくせんよく》って言うんじゃないかな?」
「ドクセンヨク?」
「うん、お母さんがね、前に言ってた。
私、妹がいるでしょ? もうちょっと小さい時にね、妹とお母さんが仲良く楽しそうにしてるとイライラしてイヤな子になっちゃう事があったの。その時にそれは《どくせんよく》って言うんだって教えてもらったの」
「ドクセンヨク……」
「うん、でもね、それは悪い事じゃないって、お母さん言ってた。本当はいいことではないけどニンゲンは誰でも持っているものなんだって。誰でも持っているしかたがないものなんだって」
「誰でもこんな気持ちになるの?」
楓はコクリと頷いた。
「うん。持ってない人はいないんだって。それでよくわからないけど大事なのはその《どくせんよく》をどうするかなんだって」
「どうするかって??」
話の内容が理解を超えたようで若菜の眉が寄って困惑顔になる。
「うん。私もよくわからないけど、その悲しい気持ちを大事にしてちゃいけないんだって。悲しくないように自分で考えて行動しなくちゃいけないんだって」
「こうどう??」
「うん、それは自分で考えなきゃいけない事なんだって。
その時私はお母さんと妹が仲良くしているのがイヤだったから、私も一緒に混ざってみんなで楽しくなったの。そうしたらイライラはなくなって妹にも優しくできるようになったの」
イライラもイヤな気持ちも全部すっかり消えたわけではないけれど、それでもずいぶん気分が良くなったその時の事を思い出しながら楓が一生懸命考え考えたどたどしく説明する。
「だから、もし、ワカちゃんがイヤな気分になったらすぐに私に言ってくれれば、一緒に楽しくなれるんじゃないかな?
――それじゃ、ダメ?」
「カエデちゃん……」
「試してみてダメだったらまた一緒に考えよ?」
楓の優しい言葉に若菜は無言で頷いた。
「それじゃ、真っ暗になっちゃうから早くかえろ!」
手袋をはめた小さな手を差し出しながら楓が言うと、寒さで強張った顔にはじめて笑みを浮かべて若菜がその手をぎゅっと握り締めた。
家族の待つ暖かい家に早く帰ろう。
二人はまろぶように家路を急いだ。
2008・01・07〜1・29までの拍手でした。