お昼休みをつげるチャイムが鳴るとほぼ同時に、新米教師の川上朋子は私のいる音楽室に姿を現した。
「駄目じゃん、授業中に校内をうろついてちゃ……」
しかめ面を作って注意すると、朋子は華奢な肩をヒョイとすくめてべろを出した。
「だって、お腹すいちゃって。朝ごはん、時間が無くて殆ど食べられなかったから。早く食べましょ」
いそいそと椅子を用意して机にお弁当を広げる。
「いただきまーす」
無邪気に食べ始める朋子を前にして、私はそっとため息を付いた。
朋子はロリコンだ。
本人は可愛い女の子が好きなだけだと言っているけど、その対象はだいたい10歳前の女の子に限られている。
昔から小さな女の子がそうとう好きだなぁと思ってはいたものの、ここまでグレードアップしているとは思わなかった。
でも、それは、ある意味、私には都合のいい話だった。
私と朋子が出会ったのは9年前、朋子の中等部入学の日だった。
あれが、一目ぼれというものなんだと知ったのは、暫くしてから。そして、実はそれが私の初恋だった。
朋子には歳の離れた朋子にそっくりな弟がいて、「小さいころの朋子はこんな感じだったのかな……」と思うと、弟までもが愛おしく思えて。
朋子の家へ行くたびに構っていたら、いつの間にか私は朋子にショタコンのレッテルを貼られていた。
ショタコンとレズビアンのどちらがマシなんだろうと考えて考えて、朋子に身の危険を感じさせないように、甘んじてショタコンの名を拝した。
朋子に危機感を感じさせない事と、ショタコンだからと堂々と朋子の家に遊びに行ける事、二つの利点があったことも甘んじた理由だ。
私は朋子の家へ入り浸った。
朋子と過ごした3年間は苦しいような切ないような、でも、甘く、そして夢のように楽しい日々だった。
その後高校を卒業して、私はこの不毛な初恋を思い切ることを決めた。
朋子は女の子が大好きだけれど、けっしてレズビアンではない。そして朋子より3歳年長の私が朋子の対象になることはありえ無いと判っていたから。
3年間で、私の思いは何度も暴走しそうになった。
その度、擦り切れそうな理性でぎりぎり思いを封じ込めた。
感じる胸の痛みは甘く、けれども絶望的だった。
「先輩、ぼんやりしてどうしたの?」
とっくにお弁当を食べ終わった朋子がすぐ傍で私を不思議そうな顔で覗き込んでいた。
「え、あ、ええと……」
その、かつて一目惚れした大好きな顔がものすごく近くて、一瞬にして頭に血が上った。
「早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ。そしたら生徒が掃除に来ちゃうでしょ?」
折角二人きりなんだから。そんな感じで、朋子が私の手を握る。
どうして?
もう何度も口をついて出そうになったその問いを私は飲み込んだ。
なんの気まぐれか、今、朋子は私と付き合ってくれている。
肉体関係はまだ無いけれど、キスしたり、ハグしたりして、朋子は自分の事を私の「恋人」だと言う。
その奇跡のような関係を崩したくなくて、いつも私はその一言を飲み込む。
「早く食べて」
握った指先にちゅっと軽く口付けて朋子は窓辺に寄った。
校庭に遊びに出ている可愛い女の子達を観賞するためだ。
私はまだドキドキする胸に手を当てて静かに息を整えると、広げて手付かずになっていたお弁当を口に運んだ。
胸がいっぱいで味なんてわからない。
喉につかえて、結局半分も食べずに、蓋をして片付けた。
まるで待っていたかのように、背後から抱きしめられて、暗幕になっているカーテンの裏に連れ込まれる。
「朋子……」
私の言葉は朋子の唇に吸い込まれた。
何度も角度を変えて、キスされる。深くなるキスに、絡まる舌に、身体の力が抜けていく。
何年も思い続けていた大好きな初恋の相手に執拗なキスをされて、眩暈がするほど気持ちが良くなって、うだうだと考え込んでいた何もかもがたちまちどうでも良くなってしまった。
あまりにも偶然に、新卒で朋子が赴任してきた時は運命の女神様を思わず呪ったけど。こうなってしまった今、感謝しなきゃならないのかも。
強く抱きしめてくる朋子の背中に躊躇いながらも手を回し、すがり付くように抱きしめ返すと、唇を離した朋子が昔と同じ子供のような無邪気な顔で小さく笑った。その笑いの呼気が私の濡れた唇を撫でる感触に、知らず私の身体はわなないた。
END