生まれてはじめての出来事に、遼は完全に舞い上がってしまった。
今まで遼が好ましいと思う女性に出会うことは少なく、その少ない女性から好意を示されたのは初めてのことだったから。
この年齢まで誰とも付き合ったこともないし、本気で人を好きになったことも無かった。
舞い上がりつつも、央が自分にした告白も何かの間違えじゃ無いかと信じられない気持ちだった。
この後目が覚めたりして、もしかして『夢オチ』とか?
ありえるような気がして舞い上がる自分に一生懸命ブレーキをかける。
幾度か深く息を吸ってはゆっくりと静かに吐いて、とにかく自分を落ち着けようと必死になった。
それからめまぐるしく頭を回転させる。
以前から何度か聞こうと思った、気になることがいくつかあるのだ。
それを聞いてからではないと何も話を進められない。
これが『夢オチ』じゃ無いとしたら……。
「――聞いてもいい??」
自分の告白に急に険しい貌をした遼に央はたちまち笑顔を凍りつかせた。好かれているかは判らないけれど、こんなに嫌な顔をされるほど嫌われているとは思わなかったから。再会して数日でこんな告白をして軽薄な人間だと呆れられてしまったのかも知れない。
不安な気持ちに唇を噛み締めながら央はゆっくりと頷いて見せた。
「立ち入ったことを聞いて申し訳ないんだけど、長谷川さんは君枝さんの幼馴染って言ってたよね? 君枝さんと付き合ったり、君枝さんを好きだったりしたことがあるんじゃないかと思って」
数日前の結婚式の様子を思い出しながら遼は尋ねた。
遼の考えが間違いでなければ、きっとそうなんだろうと。
央はハッと目を瞠って言葉も無く息を呑んだ。
それだけで遼にはすべてが判ってしまった。喜びに膨らんで舞い上がった気持ちがたちまちにしぼんでいく。色鮮やかだったすべてが一瞬で色褪せてしまった。
「……中学の時、好きになって、暫く片思いで、その後少しだけ付き合った事があります……」
言い辛そうにぽつりぽつりと央が言葉をつむいだ。
ああ、やっぱりだ。
遼はうっかり舞い上がってしまった自分が恥ずかしくて顔を上気させた。
央の好意は間違いなく好意なのだろうけれど、それは遼の持つ温度とは違うのだ。遼が君枝に似ているからこそ寄せられる好意なのだと。
『夢オチ』よりも酷い結末だ、と遼はため息をついた。それはそうだろう。自分が好意を寄せた相手がそうそう都合よく自分に好意を寄せてくれる訳がない。現実はいつも厳しい。それが当たり前なのだ。
「ありがとう。同居の件、気持ちは嬉しいけど、私は君枝さんの身代わりになりたいわけじゃないから」
どういう風に断ればいいのか少しだけ逡巡してから遼はそう告げた。
「え??」
「あたしと君枝さんって似てるものね」
「ええっ!?」
央はびっくりして小さく叫んだ。それからハッとして周囲を見回す。周囲はざわざわとしていて息を飲むような央の叫びには気づかなかったようだ。
「外村さん、その、それってどういう意味ですか? なんでここで君枝ちゃんの事が出てくるんですか?」
困惑のままの表情で声をひそめて央は訊く。
「どういう意味って、そのままの意味。
あたしと君枝さんって似てるから。
でも、あたしは彼女の身代わりにはなれない」
考えても見なかったことを言われて央の思考は混乱した。
「待って下さい。やっぱり意味がわからないんですけど。
ただ、外村さんは君枝ちゃんには全然似てませんよ」
「え?」
「だって君枝ちゃんって凄く男前なんですよ。確かに見た目は二人とも中性的だと思いますけど、似てるといえば体型とか身長とか位じゃありませんか?」
そんな馬鹿な、と遼は口走りそうになった。事実静夏にも『遼にちょっと似ている』と君枝を紹介されたのだ。自分でも似ていると思ったし。
「私の勝手なイメージなんですが外村さんは水とか水流のイメージなんです。君枝ちゃんは火ですよ。火炎のイメージなんです。似ているというより私にとっては正反対かなぁって思うんですけど」
水流と火炎、両方とも激しいイメージがある。それでも性質は正反対なのだ。
「じゃあ、あたしは君枝さんの身代わりって訳じゃないの?」
再び胸が高鳴り、頭までガンガンしてきて、息苦しくなって遼は目を閉じた。
「嫌な気持ちにさせてしまったんだったらごめんなさい。
この何年かで私の心に残ったのは外村さんだけです。
こんなところで告白してしまってすいませんでした」
頬を薄紅色に染めて、告げずにはいられなかった情熱を央は吐露した。
今度こそ遼は『夢オチ』なんじゃないかと思う。そして夢なら醒めて欲しくないと。
それにこんないいところで目覚めたら一生悔やむだろう。
目覚める前にと急いで同居は大歓迎だと央に告げた。
それから――。
「あたしも……眠れないほど長谷川さんが好きだよ……」
これが夢かもしれないのに眠れないほどだなんて変だな、と思いつつ遼は告白した。
END