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 柔らかなベッドが二人分の体重を受け止めて音をも吸い込んでいく。
 私の二の腕の内側の敏感な部分の片方を清美の繊細な指が辿り、もう片方を舌が這う。
 「あっ!」
 軽く吸われて、唇で柔らかく食むように噛まれるとゾクリとした快感が背筋を這い、私の身体が震える。
 「ココもまだ敏感なのね」
 僅かに離した唇が言葉を紡ぐと、触れる吐息ですら私をぞくぞくさせる。
 「いや」
 私はただ、目を硬く閉じて首を振った。
 知り尽くされた性感帯を執拗に辿られ、蕩けていく思考の中でその脳裏に最後まで揺るがない疑問が鮮明にこびり付いている。
 ――どうして??
 それはすべての疑問を集約する言葉。
 だって、清美は私を捨てた。
 だって、清美は結婚してる。
 でも、そう、なのに未だに私は清美を愛している。愛し続けている。だから拒めないのだ。
 だから今の恋人とうまくいかないのだ。
 だって、愛する人はいつも一人でそれが現在の恋人じゃないのだから。うまくいきようがない。
 私にキスをしようと下りて来る清美の唇をようやく押し留めて私は搾り出すように声を出した。その声は自分でも赤面するほど掠れていた。
 「どうして?」
 その言葉に清美は僅かに目を見開いてドキドキするような澄んだ瞳でひたと私を見つめた。ゆっくりと唇が笑みをかたどる。
 「だって、トオコを愛しているんですもの」
 甘えるような声音で耳元で囁く。敏感な耳に息がかかって私の背筋にぞわりとした震えが走った。湿った舌が耳の淵をゆっくりと辿る。肩を竦めて逃げようとする私を思わぬ力で清美が押さえつけていた。
 「――だったらどうして!!」
 私の震える声が清美を責めたてる。
 だって、私は今でも清美を愛していて、清美も私を愛しているならばどうして私達はこんなにも遠い場所でこんなにも離れて生きなければならないのか。
 「……トオコはいつも何も言わなかったわ。何もしなかったわ」
 彷徨う舌が耳の内側の軟骨の上を柔らかになぞり狭い穴を侵略していく。
 「ああっ……」
 こじ開けられるように舌を差し込まれて下半身に甘い疼きが走る。
 「私はずっとずっとトオコが好きで好きで、どうしても耐えられなくてトオコに告白したわ。あなたは私を受け入れてくれたけれど何も言わなかった……」
 自分でさえ知らないような性感帯を執拗に責められて思考が緩やかに拡散していく。
 「私はトオコを“恋人”として皆に紹介したけれどトオコはあくまでも私を“親友”か“幼馴染み”として対外的に扱っていたわ。
 一緒に暮らそうと持ちかけたのも私。あなたと少しも離れていたくなくて……。
 愛しているといつも言っていたのも私。
 あなたは私を受け入れてくれたけれど、何一つ言ってくれなかった。あなたの心を。あなたの気持ちを。
 だから別れは私の最後の賭けだった……」
 「――清美」
 「別れたくないと縋ってくれれば私はもう一度すべてをやり直そうと思っていたわ。でも、あなたは“幸せになって”と私に言ったのよ!!」
 いつの間にか私の指に自分の指を絡めていた清美の指先に力が篭った。びっくりするほどのその力に私の心臓が早鐘を打つ。
 ――だって、そんな……まさか!
 「トオコと幼馴染みだった間、恋人だと思っていた間、ずっと私の中には消える事のない嵐が吹き荒れていたの。いつも苦しくて苦しくて辛かった。トオコを愛していて一番傍にいたのに、辛くてせつなくて、一人で泣いてばかりいたわ。
 だからこの五年、穏やかに暮らして来て、愛し愛されて、幸せで、満たされていて、もうとうにトオコへの気持ちを吹っ切れたのだと、思っていたの。あの嵐はもう起きないのだと思っていたわ……。
 そう、勘違いしてたの。トオコに会ってなかったからトオコへの気持ちをすっかり過去のものに出来たと思っていたわ。
 ――さっき、トオコに会うまでは……」
 「きよみ……」
 清美の可愛らしい顔が苦しそうに歪んで、私の唇についばむように何度も口づける。
 「トオコは私を愛してくれないけれど、許してくれる。こうしていても抱き返してくれはしないけれど受け入れてくれる。だから……、愛しているから……また、私にトオコを愛させて欲しいの……」
 「きよ、み…」
 「この先ずっと、この嵐に耐え抜くから。お願い、トオコの傍にいさせて。
 この五年、心は穏やかだったかもしれないけれど私は死んでいたも同然だった。だってトオコがいないんですもの」
 私は目の奥が焼け付くように痛み、熱い塊が胸からせり上がってくるのを堪えて震える腕を清美に伸ばした。
 では、私の腕は清美を抱き締めていいのだ。
 そう思うだけで腕に力が入る。
 「トオコ」
 清美のびっくりした顔が蕩けるような笑顔に変わって甘えるように私の肩に額を摺り寄せる。
 「――初めて会った時から私にはずっと清美だけだったわ。清美しか愛せない……」
 もしかしたら初めて告げるのかもしれない愛の言葉に私の声も全身も酷く震えて、弾かれたように顔を上げた清美の顔が温かな水の膜で夢の中のように滲んで見えた。



 〜2007年2月9日までのブログの拍手SSでした。