香 り
(注:微妙な表現が含まれています)
ふと鼻についた香りに、胸が塞いだ。
いつも感じる男の影が今回は特に色濃い。
人間には男と女しか居なくて、私もあなたも女同士だから、やめて欲しいとあなたに告げる勇気も権利も私にはない。
すがりつくように背後からあなたを抱き締めて、受け止めて貰えない言葉を告げる。
抱き締め返してくれる腕はどこかひんやりとしていて、私の言葉を塞ぐ唇はひどく冷たい。それでも私はあなたにすがらずにはいられない。心を言葉にせずにはいられない。
男の香りを漂わせて、あなたが私を抱く。
せめてシャワーで香りを落として来て欲しいという懇願は聞き入れられず、あなたはそのまま私のすべてを暴く。
私の言葉は何一つあなたに届かない。
私の心はあなたを少しも揺り動かさない。
あなたの身体を通り過ぎていく男達の誰よりも私があなたに落す影は淡く薄い。
こんなにもあなたは私を揺さぶり続けるのに。こんなにもあなたは私の心にくっきりと消えない影を落すのに。
紅潮して汗ばんだあなたの身体から立ち上るあなたのものだけではない香りに、私の心が悲鳴を上げる。
愛し愛されるのはひどく難しい。誰かから愛されるのはとても難しい。そして、あなたから愛されるのはあまりにも難しい。
――行かないで。
――ここにいて。
――抱き締めて。
――私を見て。
――私を愛して……。
言葉は空っぽの胸の中で木霊する。
告げることのない言葉を唇で噛み締めて、滲んだ視界に映るのは窓の外にぽっかりと浮かんだ冴え冴えと白い満月。
――ああ、あなたはあんなにも遠いのだ。
私の唇から洩れた絶望に似たため息は、あなたの舌に吸い取られて消えた。