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仮初めと真実
 「出逢ったのが遅かった」
 それはあなたの口癖だった。
 でも、出逢いをコントロールすることは出来ない。
 出逢ったのが運命ならば遅すぎたのもまた、運命なのだから。
 それでもあなたの言葉にすがりたい自分がいる。
 私はとても弱い人間だ。
 ずっと自分を強いと信じていた、愚かな人間だった。


 私には夫と子供がいる。
 夫はごく普通の夫で、ただ時折私が子供にも夫にも冷淡だと非難する事があった。
 私は私の愛情の精一杯で夫と子供を愛していたのだけれど。
 その愛は本当の愛を知らない私の形だけの愛だったのだ。
 今、どうして優しい夫が私を非難したのかわかるようになった。
 誰も愛さず世界でただ一人、誰に寄りかかることなく立っていた私は、今、幼児のようなおぼつかない足取りで手探りに前に進んでいる。
 初めての嵐のような恋に身も心も翻弄されて。


 あなたは私の子供の友達の母親。
 そう、同じ、夫も子供もいる相手。
 初めは少女時代のように親密に仲良くなって嬉しくてはしゃいでいた。
 でも、このかつてないほどの執着心と、絶望的なまでに求める心を止めることが出来なくて、ある日、ふと気づいたのだ。
 それは長く降り続いた雨がからりと晴れた日のように、唐突に私の心に降りてきた。
 これが、“恋”と言うものだったのかと。
 これが、“愛”と言うものだったのかと。
 この一人相撲の秘めたる恋がまさか相手を巻き込む事になるとは思ってもみなかった。
 ただ、傍にいられればよかった。
 それだけで満足だったのに。


 どうして運命の歯車は回ってしまったのだろう。
 嵐のようなあの土砂降りの日、昼下がり。
 どうして私達は身体を重ねてしまったのだろう。


 「出逢ったのが遅かった。」
 あなたはそういうけれど、もしこれが運命であれば私はすべてを捨てても構わない。
 初めての、嵐のような恋だから。
 この先、私達が進む道に明るい幸せいっぱいの未来は用意されてはいない。
 それでもいつかあなたに「出逢えてよかった」と口癖にしてもらえるような未来に少しでも近づけたらいいのに。
 すべてを捨ててあなたと一緒に居たいと私が本音を洩らせば、きっとあなたは逃げていってしまう。
 あなたにとっては仮初めの恋。
 私にとっては真実の恋。
 それでも出逢えた奇蹟に、感謝せずにはいられない。
 私は真実の愛を知って弱くなった。
 けれども今の弱い自分が哀れで愛おしい。