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決別の日
 もう二度と会うことが無いのだと思うと、たまらず私はかけ出していた。
 三年間見続けていたその姿をもう見る事が出来ないなんて……。
 めまいのような絶望に襲われる。
 でも気づいた時からずっと、この日が来ることは判っていたはず。
 この三年それを心に言い聞かせない日はなかった。
 なのにどうだろう。
 彼女が壇上で卒業証書を受け取った時からずっと私の涙腺は壊れたままなのだ。
 立っているのが精一杯で、不審がる同僚にコンタクトがずれてしまったといい訳して、ハンカチで目を押さえた。
 嗚咽を堪えると全身が瘧のように震えてしまう。
 世界の揺れを感じて、納得する。
 私の世界は彼女で廻ってたのだと。
 その世界が今、崩壊しようとしているのだ。
 明日から私は何を見つめ、どうやって生きて行けばいいのだろう。
 なによりも、彼女のいない世界で自分が生きていけるとはとうてい思えない。


 校庭を横切って去って行く彼女が見えなくなると、私はたまらずかけだしていた。
 もう二度と会えないのだから最後に一目、この目に焼き付けようと。
 けっして告げる事の無い想いにまだ決別する事は出来ないけれど、もう一目だけ。
 校門を抜けるとそこにはすっかり裸の桜並木が続いていた。
 たくさんの下校して行く、否、去り行く卒業生の中にいる彼女を瞬時に見つける。
 最後なのに後姿なのだ。
 後姿しか見られないこれが、私の恋の結末なのだ。
 ふさわしい結末に自嘲が洩れる。
 押すことも引くことも逃げることも叶える事も出来ないこの想いの結末にそれはなんてふさわしいのだろう。
 それでも彼女の後姿から目を離すことが出来なくて、滲んでいく後姿をひたすら見つめ続ける。


 不意に、彼女が振り返った。
 私と目が合い、微笑むと照れたような顔で軽く卒業証書を掲げた。
 ああ、――。
 私は手を上げて彼女に応える。
 「さよなら」
 きっと彼女には聞こえない。
 それでも私は決別するために呟いた。
 溢れる涙で、――もう、彼女が見えない。


 「卒業、おめでとう……」