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君と……
 バレンタインデーの時に貰ったチョコレートの山を見ながらうんざりしてしまう。
 これはもう一年間食べ続けても食べ切るのは無理。
 だからお返しなんて到底無理だし、そもそも誰も期待していないと思う。
 こんな生活が始まったのはいつからだろう。
 爪を噛んで考え込んでしまった。



 爪を噛むのは私の癖だ。
 「あーちゃん、また爪噛んでるよ」
 幼馴染のコトネに指摘される。
 無意識に、考え事をすると、つい、その癖が出てしまう。
 「あ〜あ、綺麗な爪が台無し」
 コトネは『琴音』という名前で小さくて可愛らしい感じの何と言うか私に無いものをすべて持っているような少女だ。ふっくらとした柔らかな曲線とかシミ一つないんじゃないかと思うような白い肌とか、白とかピンクとかそういう淡い色で存在している。
 そんなコトネが不思議と私に「綺麗」と言う言葉を使う。それはくすぐったくて恥ずかしい。綺麗なのはコトネの方だ。
 「何か悩み事??」
 考え事をする時の癖だと知っているコトネが私を覗き込む。
 頭一つ背の低いコトネが私を見上げる澄んだ大きな瞳に、心臓が早鐘のように鳴った。
 「あ、うん。最近部屋のチョコレート見ると捨てたくなっちゃってさ」
 ぷっと彼女は吹き出した。
 「断っても断ってもいっこうに減らないのよね。でもどうしても渡したいみんなの気持ち判るけど。だってあーちゃん素敵だもの」
 「所詮は男の代用品だろうが」
 ゆるゆると首を振るとコトネのふんわりとした色の薄い長いくせ毛が宙を舞った。
 「そういうことじゃないと思う。あーちゃんは素敵よ。人間としてとても惹きつけられるものを持ってる。だからみんなあーちゃんに気持ちを伝えたいんだと思う」
 伝えたいのは私の方だ。
 柔らかな音の言葉を紡ぎだす淡いピンクのコトネの唇を見ながら軽い眩暈に襲われる。
 この気持ちを伝えられたら、どんなに楽だろう。
 「気持ちを受け取ってもらえたら、お返しなんていらないのよ、みんな」
 私だってそれは判っている。もし、コトネに私の気持ちを受け取ってもらえるなら見返りなど必要ない。
 でも……。
 コトネは私にチョコレートをくれるような事はしないし私も誰かにチョコレートを贈ったことはない。
 本当に伝えたいのはただ一人、君に……。
 だからこそ、恋に憧れるような少女たちの遊びの延長上のチョコレートが辛いのだ。そもそも私は甘いものが苦手だ。私を知る人間ならそれを承知でチョコレートなど贈ってきたりはしない。
 「コトネは彼にあげたんだよね、チョコレート」
 「うん。彼もてるからたくさん貰ったみたい」
 「彼女持ちの男にあげる女の子の気持ちは判らないな……」
 ふふふとコトネが柔らかく笑う。
 「それはあーちゃんが誰かを本当に好きになったことがないからよ。好きっていう気持ちはそういうことに関係なく相手に向かっちゃうものなのよ」
 幼さの残る唇から大人びた言葉が洩れる。
 ふわふわで可愛いコトネを大人っぽくしたのは彼への恋心なのだろう。思わず伏せたまぶたの裏が真っ赤で、ああ、私は嫉妬してるんだと、どこか他人事のように感じた。
 「あ、彼だ」
 コトネはまたね、と言って駆け出した。これから彼らはデートなのだ。
 いつも二人で辿る家路を今日は一人で辿る。その日課もだんだん数が少なくなってきて、いつか私達は分かたれる。そう想像しただけでも軋むように胸が痛い。
 これを恋ではないというならばいったい何が恋なんだろう。



 そして今日もまた部屋のチョコレートの山が私を苦しめる。