キ ズ
「あなたを愛してるのよ」
そう告白されて、酷く傷ついた。
一方的な告白がどんなに暴力であるのか、初めて知った。
どうして今、私は告白されなければならないのだろうか。
それはどうして今なんだろう。
そしてどうして告白されたんだろう。
だって、もう、どうにも身動きが叶わない。なのに。
だから私はまるで何事も無かったように振る舞い、それを夢の中の出来事にした。
そうじゃなければ私の根底を揺るがすその告白にあっさりと死ねてしまいそうだったから。
いいえ、いっそその瞬間、死んでしまった方が良かった。
どうしてその暴力に私は息絶えてしまわなかったんだろう。
したたかに酔っ払ったあなたが薔薇色に染まった口唇で私に告白した。
「私、子供が出来たの」
その瞬間、私は冷水を浴びせられたように全身が凍えるほど冷えて、自分のものではないかのように身体が小刻みに震えた。その日を覚悟してなかった時などなかった。あなたが結婚した時からずっと。
それでも私は親友と言う仮面を、義姉と言う仮面を貫き通して笑顔で祝福を述べた。
「おめでとう」
と。
あなたは頬を染め酔って潤んだ瞳で幸せそうな笑みを浮かべた。
「どうしても欲しかったの。欲しくて欲しくて仕方が無かったから。
――ほんとうに良かった……」
その抑え切れない幸福に顔を輝かせるあなたに私の胸が悲鳴をあげる。
どうして私はここでこの話を聞いて心にも無い祝福の言葉をかけなければならないんだろう。一体私がどんな罪を犯したと言うのだろう。
酔いに蕩けた瞳でうっとりとしながら薔薇色の濡れた口唇が歌うように言葉を紡ぐ。
「本当に良かった。どうしても欲しかったから。
欲しくて欲しくて気が遠くなるほど」
小さな頃から数え切れないほど何度も繋いだ手が私の手の甲に重なる。私はこのガタガタと震える全身を気づかれないように抑えようと必死で息をつめた。
「あなたを愛しているのよ」
まるで私の心の迸りそのもののような言葉が錯乱しかけていた私の耳朶を叩く。
知らず口走ってしまったのかと慌てて口を手で塞いでから、自分が息を止めたままだということに気がついた。
幻聴??
極度の緊張に私の精神が異常をきたしてしまったの??
私は恐る恐る止めていた息を吐き出し、あなたを見た。
あなたは酔って上気したうっとりとした表情のまま私を見つめて囁くような甘い声音で繰り返した。
「あなたを愛しているのよ」
私は再び呼吸を忘れてあなたを見つめた。
いったい何が起きてるのだろう。
あなたは私の親友で、私の弟の妻で、これから生まれるであろう子供の母になるはずで、そして私の長年の片思いの相手なのに。
これは私の願望が見せた夢?
「あなたを愛してるの。ずっとずっとあなたが欲しかった。あなたを手に入れることは出来なかったけれど、あなたとよく似た弟とあなたの血を持つ子供を手に入れたわ」
したたかに酔ったあなたは舌足らずに甘く言葉を紡ぐ。その告白の内容の恐ろしさに私は眩暈がした。
「私は一生あなたを愛してるわ」
うっとりとした表情のまま、あなたは重なった私の手の甲を強く握りなおして自分に引き寄せ、冷えて震える私の指先に口唇を寄せた。
その指先から何か恐ろしいものが流れ込んできたかのように私の全身が痛いほどに熱くなった。
私もずっと好きだったと、今でも愛していると告白して、泣いて縋りたかった。
でも、もう何もかも遅い。
あなたは私の弟の妻でお腹の中の子供の母親なのだ。
そして私は握られた手を引き剥がした。その身を裂かれるような痛みに目の奥が熱く焼け付く。
いったい私が何をしたと言うのだろう。
いいえ、これは私が何もしなかった結果なのだ。
罪があるとしたら、私が何もしなかったということ。
こんなに愛しているのにどうして私は弟と結婚すると言ったあなたを引き止めなかったのだろう。どうして私はこんなにも長い年月片思いのままで満足してしまったんだろう。
そしてどうしてあなたは今更私に真実を突きつけるのだろう。
すべてが遅すぎるのに。
その圧倒的な暴力を前に私はなす術もなかった。
すべてを夢の出来事にして何事も無かったように振舞う以外に私にどんな道が残されているのだろう。
あなたが結婚を告げた時よりも、今、子供が出来たと知らせてきた瞬間よりも、あなたに愛を告げられ、思いの告白を受けて私は深く深く傷ついた。
このキズはもう誰にも癒せない。