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好きとあなたと笑顔と私と
 ずっと気づかなかった。
 幼馴染みだから、物心ついた時から一緒に居たから、少し離れただけで寂しくて会えない日は空しいのだと信じていた。
 だから、「好き」だと告げられた時、自分もだと答えて、私の返答にどうしてあなたが泣きそうな顔をしたのかわからなかった。
 それから掻き抱かれて、長く抱き締められて、心に落ちてくる柔らかな言葉と、嗅ぎなれたあなたの優しい匂いに、満たされて甘やかされて私は本当の言葉の意味を考えもしなかった。
 そしてもう会えないと告げるあなたの恐ろしい言葉に私の頭は真っ白になる。
 「私を好きでいてくれてありがとう。でも、私の好きはあんたの好きとは違うから。もっと汚くていやらしい好きだから、もうそばにはいられない……」
 好きと言う言葉に違いがあるなんて思わなかった。
 逃げるように走り去ったあなた。
 残された私の足元が崩れるかのような喪失感に、眩暈がした。
 好きだと思う。誰よりも、何よりも。
 大切だと思う。誰よりも、何よりも。
 幸運な事に私達は幼馴染みで長い間時間を共有してきたけれど、もし幼馴染みじゃなくても私はあなたと友達になり、あなたを好きになったと思う。
 そこまで考えて私は考える事を放棄した。
 関係は自分一人では成り立たないから。
 私の気持ちがあって、相手の気持ちが添ってはじめて関係が成り立つのだから。
 試験期間の間、一度もあなたを見ることが出来なかった。
 気になって勉強も手につかず、休み時間にあなたのクラスを見に行ったけれど、あなたはいつもいなくて。
 学校を休んでいるのかクラスメイトに訊ねたところそれは無いとのことでちょっとだけ安心した。
 ただ、あなたにとって私が欠けただけの変わらない毎日。
 ただ、私にとってあなたが欠けただけのありふれた日常。
 ――そうじゃない。
 私はテストも手につかないぐらいおかしくなっている。
 それでも試験期間だけは邪魔しちゃいけないと我慢して、試験休みのその日、朝からあなたの家を訪ねた。
 インターフォンを押すその瞬間まで自分が何を告げたいのかどうしたいのかまだ判らなかった。
 それでもひどい焦燥感にかられて、説明のつかない衝動に駆られて私はここまで来てしまった。
 インターフォン越しのあなたの声はどこかよそよそしくて私の胸が僅かに軋む。
 一週間ぶりに会ったあなたはまるで知らない人のようで、でもとても眩しく見えた。
 胸の奥からこみ上げて来る熱い塊に耐え切れなくて嗚咽すると、あなたはやっぱり泣きそうに顔を歪めて、私を抱き締めてくれた。
 「ごめん、自分の気持ちばかり押し付けて。あんたが嫌じゃなかったらこのまま友達でいようか。
 いつかちゃんとした友達の気持ちになるように努力するから……」
 私はあなたの胸の中で激しく首を振った。柔らかな胸に私の涙が染みを作る。
 「友達じゃイヤ!」
 友達だったら一番の座をあなたの恋人となる人に奪われてしまうから。そんなのはとても我慢できない。
 「自分の気持ちはまだ判よくらないけど、友達じゃイヤなの。ずっと一緒にいたいし、こうして抱き締めてもらいたい。
 私もあなたを抱き締めたい……」
 見上げると、あなたの泣きそうだった顔がさらに歪んで、本当の泣き顔に変わった。
 「好きでいていいの?? あんたを抱き締めて放さなくていいの??」
 自分の気持ちはまだよく判らない。
 あなたの「好き」と同じかと聞かれればそうだとも判断できない。でも、あなたを欠く事が出来ない気持ちは本物だから。あなたとずっと一緒にいたいと言う気持ちは真実だからもう少しだけ、待って欲しい。
 私の気持ちがあなたの望む気持ちとぴったり重なるまで。
 「多分私もあなたが好きだと思うの」
 「多分??」
 正直に告げるとあなたの泣き顔が苦笑に彩られる。
 ああ、泣いているより笑っている方がいい。そして苦笑よりも心からの笑顔がもっといいに決まってる。
 「多分。きっと。――絶対」
 好きの意味が違うかもしれないけれど私はあなたが大好きだから。あなたが笑顔になれば私も嬉しいから。だから二人で笑って生きて行きたい。
 「ずっと傍にいたいの」
 これが今の私からの精一杯の告白。