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なだらかに続く坂道
 夏休み前に親友のミハルに告白した。
 ずっと好きだったと。
 愛していると。
 夏休みが終わって9月の半ば、前期試験がはじまった。
 ミハルは現れない。
 慌てて学生課に寄って確認すると、ミハルはアメリカにある提携大学に留学中との答え。
 親友だと思っていたのに、私は何一つミハルの事を知らなかった。
 留学が決まっていたならば私に話してくれないわけは無い。親友なのだから。
 親友だったのだから。
 少なくとも夏休み前までは……。
 ミハルがかけて来るまではと我慢していた携帯を鳴らす。
 小馬鹿にしたような機械のアナウンスで現在使用されていないと告げられる。
 上京して一人暮らしをしているミハルのマンションの固定電話へ連絡を入れる。
 もちろん、留守番電話だ。
 これもまた感情の無い機械の音声で留守を告げられる。
 私はこの留守電へメッセージを残していいのか判らずに慌てて電話を切った。
 もし、私が一方的にミハルを親友だと思っていて、私が一方的にミハルを愛しているならば、海外にまで逃げたミハルを追うべきではないと理性が音を立ててブレーキをかける。
 でも、私はミハルがそんな人物ではないと知っている。
 何か問題が起きても逃げることなく対峙できる一風変わっているけれど芯の通った人間なのだ。
 なのに、ここに、ミハルがいない。
 私はじっとりと汗ばんだ手で思わず携帯電話を強く握り締めていた。


 イマドキの女子大生が住むとは思えないような木造の二階建てのボロアパートの“自分の城”で私はいつまでもうじうじとしていた。
 告白する時にしたはずの覚悟はすっかり遥か彼方へ消し飛んでしまった。
 避けられても絶交されても告げたかった思い。
 なのにミハルの返答は逃避。
 まだ、徹底的に振られたほうがマシだった。
 だって振られていないから「もしかして……」とありもしない希望にすがってしまう自分がいる。
 ベッドでゴロゴロとうじうじとしていると授業中からマナーモードにしたままの携帯がブルブルと振動して着信を知らせてきた。
 ちらっと見た時に見たこともないような番号だったのにいつものクセで深く考えもせずに通話ボタンを押してしまった。
 「もしもし?」
 『秋実??』
 「!! ――ミハルっ!」
 それは私の愛するたった一人の人間からだった。
 『連絡遅れてごめんね、ちょっとバタバタしてたから……』
 「あ、うん。留学したんだってね、学生課で聞いた」
 『え、知ってたの??』
 知っていたというか今日知ったのだけれど私は敢えてその事には触れなかった。
 『そう、それで。夏休み前に秋実が話してくれた事って冗談じゃないよね??』
 「……もちろん」
 冗談で同性に告白する人間がはたしているのだろうか?
 『その返事なんだけど』
 「……」
 『ごめん……』
 それは当然、想像していた通りの返答だった。
 『せかっく夏休みって猶予期間をもらったのに……』
 「謝らないで。私の一方的な気持ちの押し付けだったわけだし……」
 私が慌ててミハルの言葉を遮ると、
 『ストーっプ!』
 ミハルが制止の言葉を発した。
 『勘違いしないで。私は折角猶予をもらったのにまだ結果が出てない事を謝っているの』
 「ええっ??」
 『私だって秋実のこと大好きだし今でも一番の親友だって思っている。でもそれと秋実の言う気持ちは違うわけでしょ? 私は今までそんなこと一度も考えたこと無かったし、その違いも判らないの。それでも自分の気持ちの中に秋実と同じ気持ちが隠されているなら私はそれを見過ごしたくないの』
 「ミハル……」
 私の声は上ずったように掠れて震えた。
 『まだ結果はわからないの。だから期待はしないで。でも、私は真剣に考えてきちんと答えを出して秋実に伝えるから。だから待って欲しいの……』
 嫌悪の対応が普通だと思っていた。なのにミハルはやっぱり私の一番愛する人で、とても真摯に私の気持ちに向き合ってくれていた。
 「――ありがとう……」
 涙混じりの声でやっと言葉を搾り出すとミハルは慌てたように続けた。
 『待って待って! あの、期待しないで……。
 ――期待しないで、でも、待ってなんてすごく都合のいい話で申し訳ないんだけど』
 「うん、判ってる。ただ、私の告白に真剣に向き合ってくれるミハルにお礼を言いたかったの……」
 『秋実……』
 「こんな風に言われるのは迷惑かもしれないけど、ミハルが好き、大好き。ミハルを好きになって良かった」
 その結果がもし思わしいものでなくても私はきっとミハルを愛したことを誇りにしてこの先ずっと生きて行ける。
 「――本当に有難う」
 私の胸につかえていた嫌な塊が涙と共に流れ出すのを感じて、私はミハルに気づかれないようにそっと吐息をついた。