卒 業 | |
いつかその気持ちを伝える日が来ることを考えてはいなかった。
だって、それはイケナイ気持ちだと判っていたから。 それでもこの春卒業してしまう先輩に真実のすべてである必要はないから、何か自分の想いのかけらを伝えたい。 だから私は言葉を探す。 「ご卒業、おめでとうございます」 そして、 「ずっとずっと、息も出来ないくらい憧れていました」 と。 それは普通の祝福と酷くおかしな告白だった。 だって、「息も出来ないほどのアコガレ」って何? 全身を震わせ、顔を真っ赤にして聞き取り辛い小さな声での告白。震える睫毛と潤んだ瞳、染まった薔薇色の頬は少女らしくふっくらとしている。 幼さを残した淡い色の唇がやはりかすかに震えていて、多分私は言葉の本当の気持ちを正確に理解出来たと思う。 私もそういう風に焦がれた相手がかつて存在したから。 それでも心が叫ぶ言葉は結局相手に告げることはなかった。 なのにこの子は……。 一生懸命考えたのだろう。だからおかしな告白なのだ。 息も出来ないほどの恋に身を焦がすのは誰もが経験する。 それでもそれを告げようとする勇気を誰もが持っているわけではない。 私は襟のリボンを解き、少女の三つ編みお下げの先に結う。 頭髪に飾るリボンは校則違反だけれど、卒業式のこんな日、卒業生の色のリボンをとがめる無粋な教師もいないだろう。 そのリボンにキスを落として小さな勇者に別れを告げる。 もう、会うことはないけれど、それでも私は少女の勇気を称えたい。 そして私は母校を後にした。 きらきらとした思い出とともに……。 ずっとずっと好きで好きでしかたがなかった。 でもその想いは間違えじゃなかった。 先輩はやっぱり先輩で、最後まで好きで好きでしかたがない先輩のままだった。 先輩の後姿を見送りながら先輩が結ってくれたリボンを握って呟く。 「好きです。ずっとずっと好きです」 告げたかけらは先輩の中に残って溶け込んでしまえばいい。 でも、かけらを失った私の心はやっぱり先輩に傾倒して行ってしまうことを止められない。 「卒業、おめでとうございます」 そしてさようなら。 いつの間にかこぼれた涙が驚くほど熱かった。 |