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トンネルの向こう
 私はエリが大好きだった。
 幼馴染みで親友で、私達はすべてを分かち合っていた。
 何故別々の家に帰らなきゃいけないんだろうと、心底不思議に思うくらいに。
 本当の姉妹よりも密な関係だった。
 今ではそう思う。
 あれは夢のような日々だった。
 夢のように幸せな日々だった。


 成長すればするほどいろいろなモノが私とエリを引き離した。
 クラスが違う事から始まり、クラブが、委員会が、塾が私達を引き離した。
 そして部活が、進学が私達を引き裂く。
 こんな風にエリから離れて生きていけるとは思わなかった。
 こんなに苦しいまま生き続けなければならないとは思わなかった。


 そしてやがてエリに恋人が出来て、はじめて私は気がついた。
 私はエリを大好きだったんじゃない、と言う事に。
 どうしてか私はエリを愛していた。
 恋人とキスをするエリを、セックスするエリを想像して、私はどれだけ自分を慰めて、そして泣いただろう。
 押し開かれて血を流すエリの姿が見ていたわけでもないのに私の脳に鮮明に焼きついている。焼きついて離れない。
 エリの薄い身体を乱暴にまさぐる無骨な指が、エリの鼻にかかったような甘い喘ぎが、まるでその場所に居合わすかのように鮮やかに私の脳にひしめき合う。
 恐ろしいほどに湧きあがる嫉妬に吐き気と眩暈がした。
 そして絶望した。
 目の前が真っ暗になるというのはこういう事なんだと、脳の冷めた部分で実感した。
 だってエリは永遠に私のモノにならないし――そもそもエリはモノじゃないけれど――当たり前だけど永遠に私がエリの恋愛対象になる事が無いのだと判りすぎるほど判っていたから。
 それでも私はどうしてもエリを思い切る事が出来なかった。
 だって私はエリのすべてを知ってそしてエリのすべてを愛していたから。


 ある日、エリが私に言った。
「私、結婚する事にしたわ」
 その時の私の気持ちはどう表現すれば伝わるのだろう。
 頭を鈍器で殴られたうえ、立っていられないほどの大地震によろめいて膝をついてしまったような、そんな感じだった。
 それはいつかやってくることだと判っていて覚悟もしていたのに、なのにその衝撃は私の息の根を止めるのに充分な力を持っていた。
 私は言葉にならない言葉を口の中でもごもごと呟いた。
 多分シュミレーションしていた「おめでとう」とか「良かったね」とかそんな友達っぽいありきたりの言葉だったと思う。自分が何を口走ったのかさえ判らないほど動顛してたのだ。
「でもね。……マナがやめてって言えばやめるわ」
「えっ??」
 ぐるぐるした思考に陥っていた私は咄嗟に言われた事を理解できなくてただ大好きで苦しいほどのエリの顔を見つめたまま固まった。
「マナがやめて欲しいって言えばやめるわ」
 エリがにっこり笑って繰り返した。
「え、ええと、それってどういう意味?」
 私から見て二人はお似合いの恋人同士だった。結婚してもきっと理想の家庭を作れるだろうと容易く想像できるほどに。
「絶対に結婚したいわけじゃないのよ。
 プロポーズされたからそろそろ潮時かな、とは思うけど。
 親友のマナから見てどう思う??
 やめたほうがいい?? それとも――」
 それは客観的に見て未来の夫となる人をお勧めじゃないかお勧めなのか評価して欲しいということのようだった。
 びっくりした。
 だって幻聴が聞こえたのだから。
 私がやめてって言えばやめる。そう言ったのかと思った。それは私の願望だったのだ。
「え、ええと……。良い人じゃない?? 良く知らないけど、お似合いっていうか……」
「――ありがと」
 エリが更に笑みを深くした。
 あれ、……笑ってるけど……なんか怒ってる??
「じゃあ本当に結婚しちゃうわよ。それでもいいの??」
「ええっ!?」
 私はエリの言葉を理解できなくて再びはてなを飛ばした。
「何ていうか、究極っていうか、鈍いっていうか」
「はぁ?」
「あれだけスキスキ光線出しててどうして今更かなぁ」
「えっ?」
「マナが言わないんだったら、私結婚しちゃうんだよ」
「え、だって、……何を??」
 言う事なんか一つしかない。愛してるから結婚しないで! でも、そんなこと言えるはずも無い。
「――じゃあもういい! バイバイ!」
 踵を返して去って行こうとするエリの手を私は咄嗟に掴んでしまった。
「す、す、好きなの。ずっとずっと好きだったのっ!」
 訳も判らず口走ってしまった言葉に思わず我に返って口を塞ぐ。
「よし、ごーかくっ!」
 エリは振り返って会心の笑みを浮かべた。
「え、なに?」
「あー、もう、鈍いわね。
 私も絆されちゃったのよ。
 だって十年以上スキスキ光線浴びてるのよ。はじめは凄く仲良かったから寂しいのかな、とか、嫉妬かな、とか思ったけど。そのうちああ、これはそうじゃないんだって気づいて。でもきっと一過性のものだと思ってたのよ。
 でも、全然マナは変わらなくて。マナの気持ちはずっと痛いほど判ってた。マナを諦めさせようと私もいろいろ頑張ったし。
 なのに。いつの間にか私もマナの事ばっかり考えるようになっちゃったのよ」
「エリ……」
「この責任はとってもらわなきゃ、と思って」
 エリは口元を抑えたまま驚きで固まっている私の手首を握って口から外すと、チュッと可愛らしい音をたててキスをした。
「えええええええ――――――――――っ!?」


 大どんでん返し。
 逆転満塁ホームラン。
 そんな言葉が私の頭をぐるぐると巡った。