別 れ | |
――必ず来るであろう別れの前に、私達はただなす術もなく立ち尽くすしかなかった。
愛していると告げたのは私から。 ずっと隠してたけれど何年もあなたを愛し続けていたから。 なのにどうして告げたのか。 それは近い未来に私たちが離れ離れになる事が決まっていたから。 無言で凍りつくあなたへ、最後に気持ちを伝えたかったと笑顔を作って別れを告げる。 「待って!!」 振り上げようとした手をあなたが掴んだ。 「――愛してるって、どういう意味??」 視線の定まらないあなたが掠れた声で聞く。 私の告白は少なからずあなたにショックを与えてしまったようだった。 心に痛みが走るけれど、可哀想な私の片思いの為にも、最後の告白をせずにはいられなかった。 「いいの、今の事はもう忘れて。言いたかっただけだから。……バイバイ」 あなたの手を振りほどく。温かなあなたの体温が離れていくのが切なくて、泣きそうになる。 もう、二度と会うことはないのだ。だからいっそう心が痛いと悲鳴を上げる。 引き剥がした手を、あなたは見つめながら握り締め、また開く。 「待って!!」 逃げるように駆け出そうとした私の背中にあなたの声がかかった。 「もう、会えないの??」 私は頷く。 「黙っててごめん。明日、出発だから……」 どうしても言えなかった。自分が遠くに引っ越してしまうことを。もしすがりつかれて泣かれたら私の理性は簡単に吹き飛んで堪えきれない情動と欲望であなたを穢してしまうのではないかと畏れて……。 「そんな……」 あなたは緩やかに首を振って、柔らかな曲線を描く頬に涙が伝った。 ありがとう。 私との別離に泣いてくれてありがとう。 それだけで私は荒れ狂う嵐のようなこの気持ちを胸にしまって、いつか温かな思い出に変えて、きっと生きて行ける。 「ありがとう……。少しは私を好きでいてくれて……」 胸が軋む。息が苦しくなって、目の奥が焼け付くように熱い。 最後なのだ。 だからその姿を網膜に焼き付けようと、私は胸の奥からこみ上げてくるような熱い涙を堪えた。 笑って別れようと思っていた。笑うのは無理だったけれどせめて涙を見せないで別れよう。 唇を噛み締めて両手を強く握る。 最後に愛していると言えて良かった。 それは完全に自己満足だったけれど。 再度別れの言葉を口にして背中を向けて歩き出す。 さようなら、私の大切な人。 「待ってっ!!」 今日三度目の制止の声を振り切って歩き続ける。 不意に後ろから背中に温かなものがぶつかって来た。 温かで柔らかで甘い匂いがする。 「いや!!」 くぐもった声が背中から伝わる。背後から私を抱き締める華奢な腕が震えていた。 「いや、こんなのは嫌なの」 でも、だからって私が愛しているのと同じように愛するように強要できるわけもない。だったら別離しかない。 「何て言っていいかわからない。私だって多分、その愛してると思う。でも、急にいなくなるとか、もう会えないとか、いろいろな事がいっぱいいっぱいで、身体の中がぐるぐるするの」 だからなんて答えていいのかすぐには判らないし、自分の気持ちもはっきりしない。 それが友情なのか愛情なのかぎりぎりのきわどい部分で立っている事に気付いたばかりだったから、と。 私は自分の胸の前で交差するあなたの腕にそっと手を重ねて、宥めるように軽く叩いてからやんわりと引き剥がした。 振り返る。 今度は上手く笑えたはず。 「混乱させてごめん。――私の事は忘れていいから……」 本当は忘れて欲しくない。私が忘れないから。でも、この重荷をあなたに背負わせたまま離れる事は辛いから。 だからどうぞ、忘れて。 いつかあなたの心の片隅で小さな温かな思い出になってくれるといい。そうであったらどんなに嬉しいだろう。 手にしたあなたの腕をほんの少しだけ力を込めて握りなおす。 私はこの温もりをこの感触を忘れない。 決して、忘れない。 そして引き剥がすような気持ちで手を離すと、また別れの言葉を口にした。 にわかに顔をくしゃくしゃにしてあなたは苦しそうな顔をして、 「――愛してる、愛してるのよっ!」 搾り出すように叫ぶ。 こんな風に無理に言わせたかったわけじゃない。ただ自分の気持ちを伝えたかっただけなのに。 「違うの!!」 あなたは激しくかぶりを振った。 「あなたの言葉の意味が判らないのよ! でもいいの、もう。最後だというなら聞いて欲しい。ずっとあなたを愛してた。いつもあなたに触れてキスしたかった……」 こんな事は告げずにいい思い出になるように我慢していたと言う。 ――では、それでは私達は……。 ――必ず来るであろう別れの前に、私達はただなす術もなくそこで立ち尽くすしかなかった。 |