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クリスマス・イヴ

 窓辺に立って音もなく降り積もる雪をカーテンの隙間から眺めていると、ベッドの上で身じろぐ気配がして囁くような声が私を呼んだ。
 カーテンを閉めて振り返る。
「ごめん、起こしちゃった??」
 暗闇の中、私を見つけて起き直った彼女に謝罪の言葉をかけた。
「どうしたの? 眠れないの??」
 気遣うような問いかけに首を振りかけて、この暗闇では見えないだろうと声にする。
「違うの、夢を見たのよ。それで目が覚めたから雪を見てたの」
 遮光カーテンを開ければ雪明りで外はほの明るい。
 でも忍び込む冷気を考えると裸で横たわる彼女に寒い思いをさせたくなかった。
 ごそごそと音がして彼女の気配が近づいてくる。それから横から温かで柔らかな感触に抱き締められる。ベッドの中にいた彼女は冷えた私の身体には熱いほどだった。
「随分一人で外を見てたの??」
 彼女はそのまま私ごと身体を反転させて勢いよくカーテンを開けはなった。
「風邪、引くわよ」
 私が咎めるように言うと、
「あなたがね」
 と彼女は笑って答えた。
「ヒーターの温度を上げてきたわ。冷え切っているのはあなたよ」
 雪明りに浮かぶ白い顔はどこか儚げで私の胸は軋むように小さな悲鳴を上げた。
 私達の関係はどういうものなんだろう。
 友達でもない、恋人でもない、親友のような、セフレのような。
 こんな特別な夜に共に過ごしているのにとてもとても遠い。
「悲しい夢だったの??」
 外を眺める遠い眼差しのまま彼女が私を見ずに呟くように問う。
 私はまた首を振ってから、我に返って言葉にした。
「そういうんじゃなくて。
 昔の、とても仲が良かった友達の夢。
 クリスマス・イヴに彼女とオールナイトの映画館で偶然に会って話したの。
 二人とも一人で連れはいなくて。
 だから心配になって聞いたの。“今、一人なの”ってそしたら彼女は首を振って“不倫してるの”って笑って言ってた」
 その言葉を聞いた時、胸が張り裂けるかと思った。
 私だって同じようなものだから。その上私は片思い。
「でも、それは夢でしょ」
 柔らかな彼女の声が考えに沈む私をすくい上げる。
「あなた、その人を好きだったのね」
 淡々と語る彼女の声は雪降る夜に静謐ですらあった。
「うん、好きだった。好きだったと思う。
 彼女はノーマルでエッチが大好きで誰とでもエッチしてて遊び歩いてた。彼がいない時もないくらいで、私にもよく冗談でキスしてた」
 思い出せばキスされる度に悲しくて苦しくて泣きそうになった当時が蘇る。
「不思議ね」
 静かな声は私に疑問を投げかける。
「もし本当に誰かを好きだったらその人とだけたくさんセックスをして溺れるようなことはあっても、不特定多数の人とは遊ばないと思うわ。
 まるで誰かを、何かを忘れようと自棄になっていたとしか思えない行動ね」
 確かに考えればそうかもしれない。
 あの時いったい彼女は何を忘れようと必死だったんだろう。
 私は親友だったのに何一つわかってなかった?
「それで、その後どうしたの?」
 話は夢の話に戻された。
「うん、私は“そう”と頷いてそれから彼女に“幸せになってね”って言ったわ。そしたら彼女は“あなたは?”って聞いたから……。
 私は“今は一人だけど、好きな人がいるの”って答えたの。そしたら彼女が優しく笑って“そう、良かった”って言って……それで目が覚めたの」
「そう、でも、……すべては夢よ」
 彼女は私の髪に指を絡めて梳くようにしてから私の頬を両手で挟んで私の目を覗き込んだ。
「それで私はその夢の夢判断をしたらいい?? それとも私と一緒に居るのに他の女の子の夢なんて見ないでってあなたをなじればいい??」
 その眼差しに浮かぶ笑みは滲むように優しくて私の胸はきりきりとした。
 まるで恋人同士の睦言のようなその甘さに目の奥が焼けつくよう。唇を噛み締めて堪えないと泣いてしまいそうだった。
「そうね、私の推測で言えば、相手はあなたを好きだったんじゃないかしら」
「だって彼女はノーマルだったわ!」
「ノーマルって言うか、バイなんじゃないかしら?
 男性と遊びまくっていたって言うのもバイの自分を否定してたからでしょ?
 私だったら好きでもない相手とセックスするなんて耐えられないわ」
「えっ?!」
 私が驚愕に目を見開くと彼女は優しく笑って、
「あら、私達イヴを一緒に過ごすほどの熱烈恋愛中の恋人同士じゃなかったの?」
 私の耳に甘言を注ぎ込む。信じられない言葉を聞いて彼女を注視すると、彼女はそのまま私の頬に柔らかな唇を押し当てた。
「少なくとも私はあなたを愛しているし恋人だと思っているわ。もし片思いでも、今日を一緒に過ごせて嬉しいわ」
 私の心の痛みが蕩けていく。溶け出した痛みが熱い涙になって私の両目から流れ落ちた。その涙を彼女の温かな指が優しく拭う。
「不安にさせたかしら、ごめんなさい。――愛しているわ」
 そう言って重ねられた唇は火傷しそうに熱くて、私の全身を蕩けさせた。


2006年12月24日と25日の期間限定拍手でした。