やわらかな
――
友美さんってお母さんみたい。
転がり込んで来た仔猫はきらきらとした大きな瞳を笑みに細めて歌うように言った。
そう言われて愕然とした。
それはなんというか、ラブラブの恋人同士には絶対にあてはまらない、それどころか明らかにかけ離れた単語だった。
高校を卒業したばかりの恋人は大学生活が始まる直前の4月の頭に自宅から私のマンションに引っ越して来た。
否、引っ越して来たというより、押しかけて来た。
押しかけ女房。私達は同性だけど。女房と言うよりは、精神的な力関係を考えれば旦那と言うべきかも知れないけれど。
私は短大を卒業して5年、平凡な事務員をしている、25歳。恋人は今年から大学に通う18歳。
7歳の年の差は大きい。
“お母さん”と言われてしまうほどに。
私と恋人の
雛季との出会いは6年と少し前まで遡る。
私は短大の2年生、雛季は小学校の6年生だった。小学校教諭の免許を取るために教育実習で行った先の小学校で担当したクラスの学級委員長だった、彼女。
雛季はとても私を慕ってくれて、教育実習期間が終わっても友達と私の家へ遊びに来たりしていた。
その雛季に告白されたのは彼女が高校生になってすぐだった。
「ずっと
友美さんが好きだったの。こんな気持ちいけないって思ってたけど、どうしても伝えたかったの」
本当の妹のように大事にしていた少女からの思いがけない告白に私は困惑した。けれども可愛い可愛い雛季を不用意な言葉で傷つけたくはなかった。雛季が思ってくれるのとは違う意味だけれど私は雛季という少女をとても愛していたから。
「それで、ヒナはどうしたいの? ヒナに好かれて嬉しいけれどその気持ちには答えられないわ。
ヒナはどうしたい?」
雛季はただ首を振って、
「この気持ちを伝えたかっただけ。私がどんなに
友美さんが好きなのか知ってもらいたかったの」
そう言って胸の前で組み合わせた指を白くなるほどぎゅっと力をこめて握り締めながら私をひたと見つめた。
「
友美さんが嫌じゃなかったら今までと同じように私と接して欲しい。すごく身勝手なことだって判っているけど……」
それは私が望んだままの答えだった。“好き”という言葉一つで私達のこの優しい関係を壊されたくなどなかった。
それから半年後、雛季は思いつめた表情で、
「
友美さんとキスしたい」
と言った。
キスぐらい飼っているペットとでもするからと安易に私は承諾した。やっぱり雛季を悲しませたくなかったから。
会うたびに挨拶代わりにキスが交わされるようになった。異国だとそんな挨拶は当たり前だと、不思議に逸る胸に私は言い訳をした。
そして挨拶のキスはいつしか深いものに変わり、同じ日にすらふとした瞬間に何度もキスを重ねるようになった。
それから3ヶ月ほどで背中にまわっている抱き締める手が次第に大胆に背中をまさぐり、やがて服の上からだけれども胸などの性感帯をやんわりと愛撫するようになった。
私がびっくりして嫌だと突っぱねると、
「好きなの」
そう言って雛季は苦しいほどに何度も口づけてきて私の思考を蕩けさせた。
服の上からの愛撫にも慣れてきて私が雛季の好きなように身をまかせるようになると、いつしかその手がじかに肌の上を這い敏感な場所を弄ぶようになった。
やがて耳を柔らかに噛みながらゾッとするほど甘い声で、
「セックスしたい……」
と彼女が囁くと、私の胸はわななき、下半身が熱く濡れるのを感じた。
「でも、
友美さんが私を好きになってくれなきゃ、これ以上は出来ない。
私は
友美さんの身体だけじゃなくて心が欲しいから」
雛季はそう言って私の目尻に口づけると苦悶の表情で私から離れた。
相手は高校2年生で未成年で同性で7歳も年下なのに。
私は離れていく雛季の腕を掴んで引き寄せた。未成熟で華奢な折れてしまいそうにほっそりとした腕。この腕がいつも私をたまらなくさせる。
「好きよっ!!」
私は叫んでいた。
「好きじゃなきゃキスなんて出来ない!」
「――
友美さん……」
「好きじゃなかったら絶対身体に触らせないわ!」
はっと我に返り、雛季の腕を放して自分の口を咄嗟に両手で押さえる。けれどもこぼれ出してしまった言葉は戻すことも止めることも出来ない。
顔を喜色で輝かせた雛季が私を掻き抱いてキスの雨を降らせた。
それから何度も何度もセックスして。
帰りたくないと渋る雛季を追い出して。
一緒に暮らしたいとか、結婚したいとか言い出した雛季を宥めすかして。
そうして年月が過ぎて、とうとう大学生になる雛季は私のマンションに転がり込んできてしまった。
雛季を愛しているんだと自覚した時、こんな風に幸せになれるとは思わなかった。だからせめても雛季に幸せになって欲しくてずっと伝えられなかった。
でも、雛季の柔らかな腕と心が、私の強張って凝り固まった心と身体を溶かしてしまった。
長い事幸せと言うのがどういうものかずっと判らなかった。
甘い疼きと切ない胸の痛みを知ってそれが幸せと言う名なのだと、彼女が教えてくれた。
彼女は私の、……可愛い恋人。
雛季の可愛いわがままに私はどこまで付き合って行けるんだろう。
一抹の不安は拭い去れないけれどもう暫くの間雛季の柔らかな腕に抱かれていたい。それが限りのある恋だったとしても。
2007年4月4日〜4月19日迄の拍手でした。