【手 紙】
学校を卒業したあの日、まだ咲いていない桜の木のしたで、私はあの人に手紙を渡した。 それは、高校生活の間、胸にしまい続けた想いを書いた告白の手紙。 もう逢えない、そう思ったら、告げずにはいられなかった自分の想い。 報われなくても良い、ただ高校生活で、あの人と出会ってからの2年間、想い続けた気持ちを ただ知って欲しかっただけ。 あの人は先生、そして、私と同じ性別の人。 気持ち悪いと嫌がられると思ったけれど、迷惑になると解っていたけれど、 それでも、ただ伝えたかっただけ。 手紙を出したのは、私の自己満足。 きっと読み捨てられるだけ、それでも良かった。 2年間の自分の想いにけじめをつけたかった、2年間の想いに終止符を打って、新しい日々に向かいたかった。 先生は、私の部活の顧問で、2年生の時に赴任してきた。 部活に来た初日に、挨拶をした先生の笑顔に、一目惚れだった。 私は、写真部で、部員はほんの数人。 写真部といっても、普段は特に何かを活動している訳でもなくて、頼まれれば他の部活の写真を撮ったり、 文化祭用に、風景や人の写真を撮ったり。 写真を撮ることが好きで、普段はカメラを手入れしたり、 コンテストに応募する為の写真の被写体や、風景の場所を決めたり。 先生が来てから、その部活の活動が変化した訳ではないけれど、先生と話す時間はとても楽しかった。 先生も、とてもカメラが好きで、いろんな事を教えてくれる。 風景の取り方や、被写体を取るときの角度や光量などのアドバイスをしてくれた。 一緒に有名な写真家の個展を見に行ったりもしたし、休みの日に、風景を一緒に撮りにも行った。 撮った写真を先生と現像するために、狭くて暗い現像室にはいる。 作業する時、肩が触れ合う距離に近づくと、胸がギュッと痛くなる。 いつも先生は柔らかく、優しく微笑んでいて、その表情はとても美しかった。 写真を撮る時、耳元でアドバイスされる肩越しの先生の吐息に、何度心臓が止まりそうになっただろう。 他の部員にも優しかった事は解っている。 この優しさは自分に対してだけではなかった事を。 卒業を前にしたある日、部室を訪れる。 先生との思い出が詰まった部室。 もう戻らない先生と過ごした大切な時間。 思い出を辿ろうと、静かに部室のドアを開けると、ハッと息を呑んだ。 誰もいないはずの部室に、ストーブが焚かれていて、部屋の中はほんのりと暖かい。 見渡すと、壁にもたれるようにイスに座って眠っている先生の姿があった。 (先生・・・。) 疲れているのだろうか、先生は穏やかな顔で熟睡している。 静かに起こさないように先生に近づき、整った顔をのぞき込む。 ギリシャ時代の彫刻に出てくるような、堀の深い整った顔、化粧をしてなくても透けるように白い肌。 吸い寄せられるように、顔を近づけてしまう。 (先生・・・、好きです。) 卑怯だとは思ったけれど、寝ていて無防備な先生の頬に、そっと口づけをした。 そして、私は部室を後にした。 卒業の日、式の後、先生に校庭の片隅にある桜の木の下に来てもらった。 「今日で卒業ね。 部活が寂しくなるわ。」 「先生、私、先生が顧問になってから、部活が本当に楽しかった。」 「そう言ってもらえると嬉しいわ。」 「私、先生に手紙を書いてきました。 あとで読んでもらえますか?」 「えっ? そうなの? ありがとう。」 そう言うと、いつもの優しい柔らかい笑顔で、先生は手紙を受け取ってくれた。 「先生、お願いがあるんです。」 「なに?」 「最後に、ここで一緒に写真を撮ってもらえますか?」 「まだ桜は咲いていないけれど、ここで良ければいいわよ。」 私は前もって持ってきた、三脚にカメラをセットして、タイマーを掛けた。 ぎこちなく先生の隣りに立つと、並んで最初で最後の記念写真を撮った。 そして最後に、先生と堅い握手をした。 「先生、2年間ありがとうございました。」 「大学に進んでもがんばってね。 良かったらそのうち学校にも遊びに来てね。」 (この手紙を渡した以上、もう会うことはないと思います・・・。) そう心で呟きながらも、 「はい、そのうち遊びに来ます。」 笑顔で答えて、先生と別れた。 先生に背を向けて、私は泣いた。 でも、思い残すことは無かった。 こうして、私の高校生活と2年間の想いは終わった。 学校を卒業した1ヶ月後、1通の手紙が届いた。 封筒の裏には、忘れるはずがない先生の名前。 その名前を見ただけで、大きく鼓動が鳴り響く。 部屋に戻って、封筒を開けると一枚の便箋と、1枚の写真が同封されていた。 「手紙読みました。 私の事を好きになってくれてありがとう。 2年間も、想い続けてくれてありがとう。 あなたとの思い出は、私の中でも、とてもかけがえのない、大切なものです。 これから、あなたは更にいろんな人との出会いがあるでしょう。 その出会いのひとつひとつを大切にしてください。 最後に、思い出の写真を送ります。 いつか、また、会える日を楽しみにしています。 体には気を付けて。」 同封されていたのは、私が部室でうたた寝をしている写真。 それは、春の木漏れ日の中で、私が幸せそうな笑みを浮かべていた。 嬉しかった。 気持ち悪がられてなかった事、 2年間の想いが届かなくても、受け止めてもらえた事。 この写真に込められた先生の気持ちは分からないけれど、 いつか、私の気持ちが整理できた時、 この写真の意味を先生に聞けたらと思う。 私は先生からの手紙を胸に抱き締めると、涙が溢れ出た。 引き出しの中から、卒業式に一緒に撮った写真を取り出す。 いつか、いつの日か、 この写真を手紙ではなく、先生に直接渡せる日が来ることを願いつつ。 あなたへ想いを綴ったあの手紙。 その思い出を胸に、私は新しい日々へと歩き出す。 いつの日か、あなたと笑顔で逢えるその日が来ることを夢見て。 2006/04/17 quajimodo |
相互リンク記念に、かじさまからいただきました。
私の「先生と生徒」の話を是非とのリクエストに答えてくださいました。 ありがとうございます。 こんなに早く、そしてこんなにも素敵な小説をいただけるとは思ってもみませんでした。 本当に本当にありがとうございます。 先生も、きっと、同じ気持ちだと私は確信しています。 そうであって欲しいと願わずにはいられません。 かじさまの素敵サイトはこちら→『OASIS』 【追記】(2006/06/05) かじさまのリクエストによりこの【手紙】の『先生side』を書かせていただき、僭越ながら相互リンク記念として捧げました。 宜しかったらこちらからどうぞ→『OASIS』 皆さまの期待を裏切って申し訳ありません。 ブラウザを閉じてお戻りください
|