「やーん、藤崎くんと、円山くん、すっごいかぁーいーよぉっ!」
昼休みの校庭を眺めながら、黄色い声を上げているのは、田村美樹。音楽の先生で、24歳、独身。多分、一生独身。だって筋金入りのショタコンなんだもの。
「や、斉藤さんの可愛さは犯罪ものだと思うわ!」
私は校庭の隅にあるブランコをこぎながら、長い髪をひらひらとさせている可愛らしい女の子に目を釘付けにされながら独りごちた。
「相変わらずねー、アンタも」
「そういう先輩こそ……」
そう、何を隠そう、私達は中・高時代の先輩後輩だった。私が中等部に入学した時、先輩は高等部1年だった。もちろん大学は別だったから、新卒でこの小学校に赴任して6年ぶりに再会を果たしたというわけ。それでもって当時からショタコンだった先輩は私の歳の離れた弟に萌えて、よく我が家に勉強を教えてくれると言っては押しかけて来ていた。
「あーあー、コーヘーくんも昔はあんなに可愛かったのにー」
確かに弟の康平はすっかりニキビ面の高校生。もう、美樹先輩の守備範囲から遥か遠いところまで行ってしまっている。
「歳月って、ムゴイ。あんなに可愛い藤崎くんや円山くんもおっさんになっちゃうんだわー」
「や、彼らがオッサンになったら私らは間違いなくおばあさんだから……」
「あのさ、何か、含むところでもあるの?? さっきからアンタ、喧嘩売ってない??」
窓辺にべったりと張り付いていた身体を引き剥がして、美樹先輩は隣に座る私を睨みつけた。
「だって、折角の20分休みに、可愛い恋人が会いに来ているって言うのに、美樹先輩ってば男の子に釘付けなんだもの」
「えー、アンタだってうっとり、可愛い女の子眺めてたじゃん。お互い様だよ。それにさ……」
先輩は意味も無く声を潜めた。ここ、音楽室には私と先輩、二人きりしかいないのに。
「折角の眼福拝まなくてどうするの。学校でぐらいなんだよ、思う存分眺められるのは。学校外で眺めたら犯罪だよ」
「や、どこで眺めても犯罪だから……」
「なーんか、さっきからつっかかるなー、もうっ!」
ぷうぅっと、頬を膨らませるさまはとても3歳も年上だとは思えなくて、ちょっと不機嫌だったにもかかわらず、私はふきだしてしまった。笑うと不機嫌もどこかへ吹っ飛んでしまって。
私は先輩の手を引いて、二人でカーテンの裏にもぐりこんだ。
ハグして、重ねるだけのキスをする。
「駄目だよ、こんなところで……」
小声で抗議する先輩の口をもう一度塞いで。ぎゅっと抱きしめる。
「充電完了。それじゃ、また、お昼休みにね」
ひらひらと手を振って音楽室を後にしようとすると、
「甘えんぼー!」
先輩のちょっと怒った声が追いかけて来た。
いいの、私、年下だし。うんと、甘えるんだ。
相手は私の大好きな小さくて可愛い女の子じゃないのに、どうして私は先輩が好きなんだろう。
私は小さい男の子じゃないのに、どうして先輩は私と付き合ってくれるんだろう。
何一つはっきりしないけど、先輩を抱き締めるのも、キスをするのも、とても気持ちがいいということだけははっきりしていた。
そして私はまるで小学生みたいに、4階の音楽室から1階の職員室まで、一段飛ばしで駆け下りた。
END