ふたり 1




「若葉?」
 目をすがめて不機嫌そうにそう言われた時、私は絶望に目の前が真っ暗になった。
「何で泣く??」
 いつの間にか体温を感じるほど近づいてきた琴子がすぐ傍で私を見下ろして、困った顔をする。
 涙が、止まらない。
 だって、琴子はわかるのだ。
 判るって事は本気だから。
 肩を捕まれて、引き寄せられる。
 私は琴子の手を振り払った。
「いやっ!」
 涙で濡れた顔を両手で隠す。
 頭がぐらぐらする。
 どうしたら良いんだろう。
「何で泣く?」
 もう一度つげられた同じ言葉は、もっと優しく、耳元で囁くようだった。
 琴子は優しい。
 綺麗で、頭が良くて、面倒見が良くて、親切で、そして優しい。
 こんな私にまで優しい。
 だから涙は止まらず、眩暈がして、全身が総毛立つ。
「いやっ、お願い、私からとらないで」
 一生懸命、言葉を振り絞る。
「青葉は私のものなの。ずっとずっと私だけのものだったの。だから私から奪わないで、お願い……」
 絶望をまとう喪失感が足元をおぼつかなくさせる。揺らぐ地面に足を踏みしめて頑張って立っていたのに、どんどん力が抜けていく。
「危ない!」
 倒れそうになった私を琴子が抱きとめてくれた。
 私はその腕にすがった。
「お願い、何でもするから。
 だから、私から、青葉を奪わないで……」
 琴子の胸に擦り寄ると、琴子は何も言わずに私を抱き、背中をなでてくれた。
「私、青葉がいなかったら、生きていけない……」
 気が遠くなるような喪失感に、激しい眩暈に、我慢できずに私は琴子の胸で目を閉じた。




 私、若葉と、姉の青葉は一卵性双生児。
 二人一緒にいても、別々にいても、親以外は区別が付かないほどそっくりだった。
 私の好きな色が赤で、青葉の好きな色が水色。身につけるものが好きな色で違うから、それで皆が私達を区別していた。
 だから、青葉の水色のカーデを借りて着た私を、一目見て『若葉』だと判った琴子に私は恐怖した。
 琴子の気持ちはそれほどに真剣で、それほどに私達を見ていたと言う事だから。
 わんわんと子供のように泣く私の涙を拭って、琴子は大きくため息をついた。
「お願い、何でもするから……。だから……」
 私の懇願に琴子は女性にしては少々がっしりとした肩をヒョイと竦めて見せた。
「じゃ、若葉が代わりに私と付き合う? 出来れば私は青葉と付き合いたいんだけど」
 そんなの判ってる。
 琴子の視線が間違わずにずっと青葉へ注がれているのを、私はずっと見て来たから。
 姉の青葉はおっとりとした優しい性格で、小さい頃からよくもてた。
 私は姉に来るラブ・レターや告白を青葉のふりをしてことごとくしぞけてきた。
 だってみんな、青葉のふりをした私に気付かない程度にしか姉を愛してないなら、そんな愛情は青葉に必要ないから。本当に青葉を好きなら、判るはずだから。
 そう、この、琴子のように。
「いや、お願い」
 私は琴子の胸の中で激しくかぶりを振った。
「青葉をとらないで。何でもする。何でも言う事を訊くから……」
 琴子は胸に抱いた私を突き放して、私の顔を上向かせ、やわらかな唇を私のそれに重ねた。
 チュッと音がする。
「なっ……!」
 びっくりして、私の涙はあっという間に引っ込んだ。
「じゃ、約束。若葉が私に付き合うこと。それじゃ、放課後部室で」
 手をひらひらさせながら琴子は去って行った。
 それって、青葉の事諦めてくれるって事??
 や、ちょっと待って。
 キスされちゃったじゃん、私!!
 青葉にしか許したこと無いこの唇に!!
 私は思わず手の甲で唇をごしごし拭った。その摩擦と、小さな痛みに気付かずにはいられなかった。
 琴子の唇、柔らかかった。
 そして、嫌じゃなかった。
 どうして――?