ふたり 2




 部活が終わると、私は琴子と一緒に帰った。
 姉の青葉には琴子と話があるからと、先に帰ってもらって。
 駅に向かって琴子は自転車を押して私と並んで歩いた。
 自分の鞄と、それから私の鞄を自転車の籠に入れて。
 だから私は手ぶらで。
 琴子のそういうさりげなく優しいところが、わかる度に、胸が悲鳴を上げる。
 私、もしかして、青葉の幸せの邪魔をしているのではないか、と。
 そんな風に思えて……。
「浮かない顔してる」
 ふと、足を止めてしまった私に気付いて、すぐに足を止めて振り返った琴子がため息のように長い息をついた。
 私じゃ駄目だって、始めから判っていることなのに。
 どうして琴子は私を付き合わせるのだろう。
「まだ、目の周り、少し腫れてる」
 泣きすぎて腫れた眼を長い事濡れタオルで冷やしたのだけれど、一生分、泣いたんじゃないかと思うぐらいの涙に、そうそう簡単に腫れは引かなかった。
「琴子……」
 私が琴子を見つめると、琴子はフッと困ったような笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「心配しなくても、若葉の許可なく青葉に迫ったりしないと約束する。まあ、暫くは若葉が私と付き合えばいい」
 それって、どういうことなんだろう。
 琴子の発言の意味がさっぱりわからない。
 見た目はそっくりだから私と付き合って、青葉と付き合ってるような気持ちになりたいとか、そういうことなの?
「土日は一日どちらかの日に会おう。一日が無理だったら半日、それか、何時間か、土日とも会おう。
 平日は行き帰りに待ち合わせをして一緒に行こう」
「琴子??」
 告げられた内容に余計に混乱する。
「それって、楽しい?? どうしてそんな事をする必要があるの??」
 いぶかしんで尋ねる私に琴子は今日初めていつもの琴子らしい、にやりとした笑みを浮かべた。
「若葉の願いを聞いて諦めるんだから、そのぐらいの役得があってもいいじゃないか」
 自転車を支える反対の手が、すっと私の顎を捉える。
「えっ……」
 唇に押し付けられたやわらかな感触に私の思考がフリーズする。
 だから、どうして、さっきから私にキスするの??
 私、青葉じゃないのに。
 でも、そう、私は青葉にそっくりなんだ。
 だから??
 声に出して聞けば良いのに。
 どうして私はこうして唇を押し付けられて、目を閉じてしまったんだろう。
 ついばむようなキスが私の頬や額に降りてくる。
 まるで、愛おしい相手にするようなやわらかな、優しい口付け。何度も唇に重なって、ぬるりとした感触が唇を割ってきて、私はハッと我に返った。
「いやっ!」
 とっさに琴子を突き飛ばす。
「な、何でこんなこと……」
 私が非難するように睨みつけても、琴子はいつものシニカルな笑みを浮かべたまますこしも動じていないようだった。
「付き合うんだから、キスぐらいはいいかと……」
「だ、だって、ここ、普通に道路だよ。みんな見てるし!!」
 駅に近い路上でディープキスは駄目でしょう。いや、普通のキスも駄目だって。
 私達を遠巻きに眺めていた人垣の中に、うちの学校の制服を見つけてがっくりしてしまった。明日からどんな顔して学校へ行けばいいの??
 半泣きになって琴子を睨むと今度は流石に苦笑していた。
 でも、笑ってるし。そのどこから来るか判らない余裕が本当に憎らしい。
「悪かった。続きは人目に付かないところでにしよう。
 それじゃ、明日、10時にそこの駅前で」
「えっ?」
「私ら付き合うんだから、デートしよう」
「えーーーっ!!」
 私の叫ぶような抗議の声を聞きながして、琴子はさっさと自転車に乗って去ってしまった。
「デート……」
 なんで、私が?
 青葉の代わりだから??
 折角の休日に、青葉とまったり過ごそうと思っていたのに……。
 私は重いため息ともっと重い足取りで駅の改札へ向けて足を踏み出した。