雨、上がる 2


 遼と新婦の静夏とは高校の時に知り合って十年来の友達だった。
 遼は時々、静夏に好かれているかも……と思うことが多々あったが静夏とは結局恋人関係にはならなかった。遼自身が静夏をそう言う風に見る事が出来なかったからだ。
 その静夏に恋人として紹介された相手がどことなく自分に似ていて、少しだけどぎまぎしてしまった記憶もそう遠くない。
 そしてその相手と静夏は今日晴れて結婚した。
 同性同士の結婚だから何の法的拘束もないのだけれど、それでもけじめをつけたいからと招待状を持って来た二人ははにかみながらもとても良い顔をしていた。
 心から祝福を送りたいと思うし、それに静夏は今まで見た中で見た事もないくらい綺麗な静夏だった。だからとても彼女は幸せなのだと、そう思うだけで遼の心も軽くなるようだった。
 今日出がけに母親と言い争って式場となっている郊外のレストランに到着するまではとても憂鬱で重苦しい気分だったのだけれど。
 そんな風にぼんやりと新婦達――二人とも新婦なので――を眺めていると、
「外村さん??」
 不意に自分の名字を呼ばれて文字どおり遼は飛び上がった。
 振り返るとそこには、
「あ、えーと……」
「長谷川です、長谷川央です。インテリアで一緒だった」
 すぐに過去の同僚だと気づいたけれど、とっさに名前が出なかったから相手から名のってもらえて遼はホッとした。失礼な話だがこの3年会ってないうえ、ろくに言葉を交わした事がない相手だったため、結局遼は相手が名乗らなければ名前すら思い出せなかったに違いない。
「こんなところで会うなんて驚きました……」
 目を瞠って央が言う。
 こんなところと言うのも変な言い回しだな、と思いつつ遼は頷いて見せた。
「今でもあそこに勤めてるの?」
 央はゆるく巻いた柔らかそうな長い髪をふわりと宙に散らして首を振り、笑みの形に目を細めた。
「2年前に辞めて今は家業を手伝っているんです」
「そうなんだ」
「はい。外村さんは今は?」
「あたしは派遣のアルバイトでキーパンチャーしてるんだ。正社員はちょっと懲りちゃって」
「わかります。あそこ、厳しかったですもんね」
「そそ、それに女の園だったから……」
「人間関係大変でしたよね〜」
 遼と央は互いに目を合わせて思わず笑った。
 自分は見た目が見た目だったから蚊帳の外だったが可愛い央はさぞ大変だったろうと遼は推察した。想像するだけでも空恐ろしい。
 聞いてないから判らないけれどこの場にいると言うことは央も同性愛者なのだろうか。そうだとしたらあそこでの央への嫉妬も的外れなものだったのかも知れない。
「外村さんは静夏さんの??」
「うん、高校からの親友。長谷川さんは……」
「ええ、君枝ちゃんの幼馴染なんです」
 君枝と言うのは今日静夏と結婚したパートナーの名前だった。
「二人ともとっても綺麗ですよね。凄く幸せそうで、素敵な結婚式だわ」
 うっとりとキラキラした瞳で新婦達を見つめる央は上品なワンピースを身にまとっていたが年齢よりもずっと若く見えた。同僚として職場で見かけていた時は別世界の人間だと思っていたせいかよく央を見た事がなかったけれど、改めてじっくり見るととても清楚で可憐な感じでおっとりとした話方も魅力的だった。
「そういえば長谷川さんの家業って?」
「あ、はい。父が不動産を扱っていて……」
 ふと思い出したように央はバッグから名刺を出して遼に渡した。
「もし御用がありましたら宜しくお願いします」
 名刺にさっと目を通した遼は事務所の所在地が現在の自分の生活範囲にまったく関係がない事を見て取った。