雨、上がる 4


 翌日もその翌日も、2件3件と物件を案内してもらって、今日で7件目。この後2件回る予定なのだが、その途中で雨に降られてこうして二人、雨宿りをしている。
 空がだんだんと明るさを取り戻しているからこの通り雨ももうすぐ止むのだろう。
 そんなふうにぼんやりとしていた遼の耳朶に遠慮がちな央の柔らかな声が響いた。
「外村さん??」
「あ、うん。ごめん、ぼんやりして」
「ここ、毎日だし、仕事帰りだし、お疲れでしたらまた日を改めましょうか?」
 優しい申し出に遼は慌てて言葉を紡ぐ。
「疲れてるとかそう言うんじゃなくて、この急展開に自分でもなんだか現実感がなくて。ぼんやりしちゃってごめん。
 それより、急にこんな事頼んじゃって悪かったかなぁって……」
 申し訳なさそうな遼の言葉に央は子供っぽい仕草でぶんぶんと首を振った。
「そんな、良いんです。これは私の仕事だし、頼っていただけて嬉しいです。
 ただ、急ぎだとなかなかぴったりの部屋って見つからないから……」
 伏目がちに言い募る央の長い睫毛がふっくらとした頬に影をおとして小刻みに揺れている。まるでそれは抗いがたい磁石であるかのように、遼の視線を吸い寄せた。
「あー。うん、それはいいんだ。取り合えずあのウチさえ出られればさ」
 そしてふと降りた沈黙にひどい息苦しさを感じて、遼の視線は再びガラスの向こうの雨あしに向かった。
 薄日に光る銀色の雨がパラパラと大地に降り注ぐ。それは明らかに少しずつ小降りになっていた。
 どこか息苦しくて、なんだか蒸し暑くすら感じてのぼせたようにぼうっとするのに、雨が止んでこの状態から抜け出さなくてはならなくなるのがちょっと惜しいような、そんなふうに思ってしまう自分の気持ちに遼はわずかな戸惑いを感じていた。
「――あの、その、前から聞こうと思っていたんですが……。
 その、あの、……」
 唐突に静寂を破った央へと緩慢に視線を向けると、真っ直ぐに自分を見つめる央の視線と絡み、遼はひどくどきりとした。
「間違ってたらごめんなさい。――その、君枝ちゃんと静夏さんの結婚式に来ていたって事はその、外村さんも、あの……」
 言葉にはされなかったけれど、央の言いたい事が判り、遼は微かに頷いて見せた。すると央の顔が今にも泣きだしそうにくしゃりと歪んだ。
「あの、とりあえず、ってさっきおっしゃいましたよね?
 そんなに急いでいるんでしたら、その、もし良かったらなんですが……、私の、私のマンションに来ませんか??
 広くはありませんけど丁度部屋が空いているので。
 それでその、ゆっくりと条件に合う物件を探してはどうでしょう??
 慌てて引越しをしても結局またすぐに引っ越す事になるんじゃないかと思うんです、だから……」
「えっ??」
 央の言葉がすぐには理解出来なくて、でも耳まで赤くして俯いている央の姿を見ると、自分の都合の良いように勘違いしているわけではないのかな、とも遼は思う。
「――それは有り難いけど、居心地良くて居座っちゃうかもよ」
 こんなシチュエーションは初めてで、どうして良いか判らずにとにかく混ぜっ返すと、
「それだったらずっと居てもらっても構いません」
 やっと聞き取れるぐらいの小声で央は即答した。
「それって……」
 ――それってやっぱり愛の告白??
 真っ赤になっている央につられたかのように、遼の顔もたちまち赤くなった。自分が好意を持っている人間に好意を示されるのも初めてのうえ、勘違いかも知れないけれどそこには好意以上のニュアンスが隠されていて、ドキドキせずにはいられなかった。
「――あの、すいません。いきなりこんな事……。
 インテリア時代から外村さんの事良いなぁって思ってたんです。でも、まさか外村さんもこっち側の人だとは思わなくて……。
 だからこの間の結婚式の時からずっとずっと聞きたくて、聞きたくて。
 聞いたら、どうしてもこの気持ちを言わずにはいられなかったんです……」
 そう言う央の唇が音もなく言葉をかたどる。
 ――す・き・・。
 一瞬にして、遼の世界からすべての音が掻き消えた。