手を繋ごう 前編
戯れにじゃれていてニアミスしてしまった唇に、胸の痛みを感じて、堪えようもないほど悲しくなった。
出会った時にはもうお互い恋人がいて、でもお互いにその恋人に違和感を感じていた。
だからこそ私達は急速に仲良くなる事が出来たのだ。
この、微妙なスタンス。
私はバイだと自己を称しているけれども、それはセックスが出来ると言うだけのことで、多分精神的には限りなくビアン寄りなのだと思う。
嫌悪が無いだけ。
今の恋人ともまるで義務のように決まりきったデートをして身体を重ねている。
口の端を掠めた私の唇に、びっくりした顔が一瞬で薔薇色に染まる。
マキは美人じゃないけれど放っておけないような柔らかな可憐さを持っている。なんと言うかこれが普通の女の子だという、代表であるかのように。
色は白い方で染めてない黒髪もやや茶がかっている。目はくっきりとした二重で睫毛は長くはないが多めだ。低すぎず高すぎない鼻梁、少女特有のふっくらとした唇。ちょっとコケティッシュで、でも普通ぽい。綺麗過ぎる人だったらきっとこんなに仲良くなれなかっただろう。こんなに好きにならなかった。
薄紅色に顔を赤らめたマキに謝罪する。
「ごめん、ぶつかっちゃって」
勿論故意じゃないからマキは笑って許してくれる。
お互いバイで恋人持ちで、それでも友情のような愛情のような微妙な感情を育んでいる。
ただ、初めから私の天秤はマキに傾いていた。
私達が知り合ったのはバイもOKの掲示板のチャットルームだった。
お互い掲示板で名前を知っていたし、ビアン系の書籍や映画、はたまた趣味の音楽のことなどで盛り上がってあっという間にメールを交わす間柄になった。
直接メールを交わすようになって次第に打ち解けていき、やがてお互いに自分の画像を送ることになった。
私は容姿にコンプレックスがある。
性格はどちらかというと女らしいのだけど容姿が少年のようなのだ。
それでも女らしく見せようと髪を長くしたりヒラヒラしたスカートを履いたりしている。はたから見れば滑稽だと思う。
だからなるべく女らしく見えるように出来る限り上手に化粧をして、自分を撮った。
その時既にマキのことを「いいなぁ」と思い始めていたから尚更に気に入られたかった。
そして私達は会うことになった。
蓋をあけたら住んでいるところも意外と近く普段出歩いている街が一緒だったのだ。
もしかしたら知らずにすれ違ったことがあったかもしれない。それほどに行動する場所も似通っていた。
仕事の関係で少し待ち合わせに遅れて行った私は待ち合わせのスポットの犬の銅像の前で楽しそうにほんのりと唇を吊り上げて微笑みながら待っているマキを見つけた。
どうしてあんなに大勢の中のマキを一瞬で見つけることが出来たのか。今思えばそれは恋のなせる業だったかもしれない。
彼女は私が早足で近づいて行く間に3人もの男性に声をかけられていた。
その全てに対して困ったような顔で断っていたようだが三人目がなかなか諦めないらしく食い下がっているところで私が声をかけた。
「待たせてごめんね」
私の顔を見てあからさまにホッとした顔のマキに心臓が早鐘のようになる。その自分に戸惑いながらも挨拶もそこそこにその場を後にした。
二人で居たら挨拶し合う少しの間に二人組みの男に声をかけられてしまったから。
人間は男と女が居て、種の保存の本能で惹かれ合う。
それでは同性に惹かれるこの気持ちはこの性衝動はいったいなんなんだろう。
待ち合わせ場所を離れて、マキと入ったフルーツパーラーで、席に落ち着くまで私は無言でそんな事を考えていた。