手を繋ごう 後編
私が笑うとミカは不可解そうに顔を歪めた。
正直に言うとミカの外見は私の好みじゃない。私は柔らかでふっくらとしたフェミニンな女性が好きだから。
ミカは中性的でマニッシュだし、なんというか他人に居住まいを正させるようなそういう礼儀正しさというか潔癖なところがある。女性らしくは無いけれど顔は端正で面食いだったら男でも女でもほっとかないようなタイプだ。
私とつりあうのには容姿も心も綺麗すぎるし、女性らしさが足りない。
「嫌いじゃないなら付き合いましょ」
私が襟元のリボンを解いてボタンを外しはじめるとミカはぎょっとしたような顔をして叫んだ。
「ななな、なにしてるの?」
「え? えっちしましょ。えっち出来るか試してみてから付きあうの」
絶句したままのミカに私は笑顔を見せた。
不安な部分はいくつかあるから。
ミカはバイだと言うけれど女性経験は無い。女性同士のえっちで満足できるか判らない。
そしてさっきから強調しているミカの気持ち。疑うわけじゃないけれどミカの気持ちはまるで物語の中の恋愛の話のように私には聞こえる。恋愛はそんな綺麗なだけのものじゃ無くて、大部分はどろどろとして暗いものだから。自分との戦いと言うか。
ミカの気持ちを信じてないわけじゃない。
でも、きっと、私の好きとは重さや濃度が違うような気がした。
そう、私はなぜだかわからないけれど、全く自分の好みではないミカをずっと前から好きだった。
べたべたしたいしえっちな事もいっぱいしたいと思うくらい。
そして、多分ミカも私の事を好きだろうとは思っていた。
でもミカの私への気持ちは性欲がない。感じられない。まるでおままごとのようだと思っていた。
「さっき付き合うっていうのはえっちもする事だって言ったのミカでしょ。だからしましょ。それじゃ、シャワー借りるから」
私が少し熱めのシャワーを浴びて、借りたバスローブで現れるとさっき驚いて固まっていたその場所でミカはまだ立ち尽くしていた。
「マキ」
意を決したように顔を上げるミカに笑顔を向けるとミカは切れ長の涼やかな目元をほんのりと染めて苦しそうな顔で私を見ていた。
「その、こういうのは良くないと思う。私はマキを好きだけどマキは私を好きだと言うわけじゃない。だから……」
私はシャワーのために纏めていた髪を解いて“勝負顔”で、ミカを見返した。
「付き合ってみたら好きになるかもしれないのに?? 付き合ってみることもやめるの??」
「でも、セックスは……」
「えっちは愛を築く行為よ。愛を生み出す行為よ」
唇を噛んで俯いたミカの背を押す。
布越しに触れたその薄い背中にすら自分がドキドキと欲情している事を私はまざまざと思い知らされた。
性欲の伴わない愛なんて憧れでしかない。私は憧れられたいわけじゃない。愛し愛されたいのだから。
私は勝手知ったる部屋の明かりを消して床に置いてある丸いライトの光量を絞って点け、ミカの匂いのするベッドにもぐりこんだ。
慣れている。私は確かに慣れているけど、相手が初めてで、好きな相手というシチュエーションは初めてだった。全身の体温が上がって胸が早鐘のように脈打ち身体が熱くなる。
「ミカが本当に私を愛してれば良いのに……」
いつの間にか心で思っている事を呟いてた。その自分の思わぬ声の大きさにドキリとした。
扉が開く音がして、ベッドに起き直ると戸口に所在無げにミカが立ってた。
「来て」
私が手を差し伸べると、ゆっくりと近づいて来て私の手を取る。シャワーを浴びてきたミカの手は湿って温かだった。この手をもう、離すことがなければ良いのに。
私はそのまま手を引いてミカをベッドに引っ張り込んだ。
いつか、ミカに愛してると告げたい。
重い重い、重すぎる言葉で。
私の方がたまらなくミカが好きだと告白したい。
まだ、引き返せると言う心の声を無視して、私は湿って温かなミカの身体をきつく強く抱きしめた。