■ あなたのいる場所
:微妙な表現が含まれています)

 帰宅の言葉をかけながら玄関をくぐった瞬間、口を塞がれた。
 「ん、……んん」
 噛み付くような動物的なキスに意識が奪われていく。
 こんな激しいキスはいつ振りだろう。すべてを蕩けさせる熱に翻弄される。絡み合う舌先からとろとろと溶けていきそうになる。
 それでも、ここで持ちこたえて。
 「ただいま……」
 ほんの一瞬離れた隙に言葉を紡ぐ。
 「おかえり」と言うあなたの言葉を私の唇がすべて吸い取る。
 ああ、こんなにも飢えていたのかと、眩暈を覚えながら私達は互いをむさぼりあうようにキスを重ねた。



 「ご飯食べた? どこかに食べに行く?」
 私が聞くとあなたはいつものようにゆったりと笑って、
 「口に合うか判らないけど、一緒に食べようと思って作っといた」
 普段食事を作らないあなたが作ってくれたと言うそれだけで、疲れきった私の心がほんわりと温かくなる。
 もう、私達二人の間に誰も介在させたくなかったから、本当は出かけたくなかった。だから同じように思ってくれたあなたの気持ちが嬉しくて私は言葉もなかった。
 リビングに入るとダイニングテーブルの上に私の好きなものが所狭しと並べられていた。何と言うか栄養の配分は考えられてなくてただ思いつく限りの私の好きなものを並べた悪戦苦闘が垣間見える料理の数々。
 「ふふふ、おいしそう」
 私が歓声を上げるとあなたは優しく目を細めて、じっと私を見つめていた。飢えてるみたいに、ずっと見つめ続けられて、嬉しいけれど身体の奥底がうずくような落ち着かない気分になってしまう。
 頭を軽く振って湧き上がる熱い欲望を散らして、テーブルに着く。
 「せっかく作ってくれたから、冷めないうちに食べましょ」
 ワインをあけて乾杯する。
 あなたはお箸の持ち方が綺麗。豪快なのにどこか品のある食べ方。少し離れてただけなのに目にするすべてが好きだと再認識させられてしまう。
 あなたが笑ってくれるこの空間が私の安らげる唯一の場所。
 「ただいま」
 今更実感がわいて私が繰り返すとあなたは苦笑しながらそれでも情熱的な眼差しを優しく細めて、柔らかな声で答えてくれた。
 「おかえり」
 私の耳朶に、全身に、細胞の隅々にあなたの声がじんわりと染み渡るようだった。


日常編 END

二人の日常

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