- ■ 安息の場所
年間を通しても二人の休暇が重なるのはそうそう無くて――同じ週休二日なのにそれも変な話だけど――今年は国外脱出を計画してた。
来週の休暇に向けて連日の残業をこなして頑張ってたある日、深夜を軽く回って帰って来たあなたが、玄関まで迎えに出た私の前で土下座した。
ああ。
それだけで判ってしまった。
そんなにも長い付き合いだったから。
「――仕事だもん、仕方がないでしょ。あなたが悪いわけじゃない」
過去に何千回と口にした言葉を、自分に言い聞かせるようにして何とか声にした。
仕方がないことだと理性では判っていても今回は少し辛い。
何ヶ月も前から忙殺される合間をぬって旅の計画を立てて、チケットを取ったり、必要なものの買出しに出かけたり、ただそれだけで浮き浮きとして楽しかったけれど、でも、それはその後の更なる楽しみのための前菜だった。
メインディッシュのない食事の味気なさ以上に、どうしようもない喪失感に襲われる。
久し振りのルーブルをあなたと一緒に廻りたかった。
どこに行ってもあなたと一緒なら楽しめただろうけど、それでも大好きな場所へ、あなたと一緒に訪れたかった。
「大丈夫、人生は長いから、またきっとチャンスはある」
旅行をキャンセルして払い戻されたお金で少し贅沢をしよう。
美味しいものを食べて綺麗な格好をして、綺麗なものをたくさん買って、部屋の中を花で飾って。
好きなものに囲まれてゆっくり過ごそう。
本当の、一番の大好きなものがそこにはないけれど。
連休前から海外出張に出かけて行ってしまうあなたにすがるような気持ちで一日でも良いからゆっくり出来ないかと聞く。
急な出張だから出張前日まで家に帰ってこられるかも判らないとの返答にちょっと泣きそうになってしまった。
でもそこで泣いたらあなたの負担になるから、頑張って笑顔を作った。
「大変だろうけど頑張って。どんなに忙しくても、身体だけは気を付けてね」
私はここで待ているから。あなたが休息を求めて私の元へ戻ってくるのを待っているから。
いつも全速力で走り続けるあなたのために、安息の場所でい続けたい。
抱き締められたあなたの腕の中で私は目を閉じて全身であなたを感じようとした。