■ 二 人
 柔らかな感触と仄かに香る甘い匂いに覚醒を促される。
 ぼんやりとした視界に君の笑顔と、耳朶をくすぐる君の声、目じりに落とされるしっとりとした唇。
 「泣かないで……」
 知らず涙をこぼしていた私の睫毛を君がぺろりとなめた。
 私は何に感謝すればいのだろう。君と出会えた奇跡に、君に愛される幸運に。君を愛さずにはいられない必然に。
 手を差し伸べるとしなやかな腕で抱き返してくれる。
 こんなに幸福なのにどうして涙が出るのだろう。


 今日は朝から二人で話し合った。いろいろな事をいろいろな気持ちを。
 すべてを伝えた私に君は辛い顔も泣き顔も見せずにひどく安心する柔らかな笑みを浮かべて私のたかぶった感情を宥めるようにそっと両手で手を握ってくれた。
 「ねえ、私、大丈夫よ。だってあなたさえいれば何もいらないもの。ただ心配だったのはご家族に反対される事によってあなたの気持ちが離れてしまう事。
 でも、あなたはこうして私を選んでくれた。だから私はとても幸せなの。認めてもらえればそれはベストだけど、世の中そんなにうまく行く事ばかりじゃない。ただ言えるのは私達が幸せじゃなければ誰も認めてはくれないという事。
 だから私達、このままずっと幸せでいましょうよ。そうしたらいつか認めてもらえるかもしれない。二人でもっともっと幸せになりましょうよ」
 幸せにしたいと奢る私に二人で幸せになろうと示唆する君。
 そう、私達が幸せでなければそれ見たことかと言われることだろう。今のままでも充分に幸せだけれど、もっと幸せを追求するのもいいかもしれない。
 そして私達は昼間からお互いを求め合った。柔らかで滑らかな君の素肌と触れ合うだけでひどく安らかで、なのに胸の奥がじりじりとする駆り立てられるような獰猛な気持ちにもなる。重なる唇も絡む指も抱き締める腕も溶けあってしまいそうに錯覚する。隙間なくぴったりと重なり合って一つになりたい気持ちが無心に君を求める。蕩けるような全身を深く味わって、君に溺れていく。どこまでも。
 君を抱き締めたままとろとろと眠りに落ちていく、その至福に、めくるめくような喜びに――。


 目覚めると遅い昼食の用意ができていて、バスルームへ押し込まれる。熱めのシャワーを浴びてすっきりすると先ほど彼女の前で子供のように泣いてしまった事を思い出してひどく恥ずかしくなった。
 「ね、良かったらこの後ドライブに行かない??」
 遅めの昼食をとりながら彼女が提案してきた。
 「首都高乗って、中華街へ出て、ぶらぶらして、夜景を見ながら食事して、それからアクアラインで海ほたるに寄って千葉に渡って朝日が昇るの見て帰って来ない??」
 湾岸の夜景を見る高速ドライブは私達の好きなよく行くデートコースだ。それより少し足を伸ばそうと言う彼女の提案。せっかくの休みだからそれも良いかもしれない。ドライブだと夜景を見ながらお酒を飲めないのが少し残念だけれど。
 「ふふふ。あなたは飲んでいいわよ。今日は私が運転するから」
 まるで見透かしたように彼女が私に笑いかける。気持ちは嬉しいけれど一緒に飲まなければ意味が無い。
 「お酒飲まなくても、夜景と君に酔う事にするからいい――」
 真剣に言ったのに爆笑されて立場が無い。
 そんな風に彼女が笑っていて自分が笑って、二人がずっと幸せでいられたらいい。
 彼女のためにそして勿論私自身のためにこの気持ちを絶対に手放さない。


 車窓を流れるきらびやかと言っても過言ではない夜景を横目で眺めながら――結局運転は私がしている――このまま二人でどこまでも遠い遠い未来の果てまでもお互いの手を離すことなく走り続けていられればいいと願わずにはいられなかった。
 長い長いトンネルを抜ければそこにはきっと新しい素晴らしい世界があると信じて。


夏休み編 END

二人の日常

Copyright(C)不知火 あきら All Rights Reserved.
Designed:LA   Photo:たいしたことないもの