- ■ 花火 その後
夜空に上がる色鮮やかな光の乱舞にその一瞬の華やぎに胸が詰まる。そういう時期はとうに乗り越えたのだと思っていたのに、それでも私は、私達は揺らいでしまう。不用意な一言に。悪意のない善意だけの言葉に……。
必要な人間に対しては私達二人の関係を誤解や憶測の余地のないように正直に話している。それ以外の人間には慎重に隠している。無知な人々がどのような反応をしてどんな言葉で攻撃してくるか知っているから。
私はなんと言われようと構わない。
けれどもその心無い人々の言葉に彼女が傷つき私から離れてしまうようなことがあれば、それはとても耐えられないから。
だから私は慎重になった。
不用意に触れてくる柔らかで温かな手を避け、絡み合う視線を避けて。
それでも彼女はすべてを受け入れてくれた。
そして今、知るもののいない土地で私にすべてを預けてくれてくれるように安心しきった顔で身体を寄せて無垢な子供のように花火を見上げる彼女。
彼女を好きになって失うことの恐れを知った。手に入れてしまった幸福の大きさにそれを失う事のできない自分を思い知る。
私が見つめていると、不意に彼女が身を固くして慌てたように身体を離した。夢から覚めたかのようにおぼつかない表情で。
「大丈夫、誰も見てやしないから」
離れてしまった彼女の温かさが切なくて寂しくて咄嗟に彼女を引き寄せてしまう。本当は誰に見られても構わない。けれどそう、彼女と永遠を生きるために私はもっと注意深くならなければならない。彼女と自分を守るために。それでも今日はせめてこの時は純真な子供のように真っ直ぐな愛情を向けてくれる彼女の温かさを感じていたい。
私の言葉に彼女は輝くような笑顔を見せ、うっとりと目を閉じて再び私にしなだれかかった。
二人とも気分が良くて少し呑みすぎていた。
酔っ払いはみっともないけれど、それでもお祭り騒ぎの町は肩を寄せ合ってふらふら歩く私達を許してくれた。
「足が痛い……」
ミュールで川原を歩いていた彼女が疲れ果てたようにベッドに身を投げ出す。結局、タクシーはつかまらず歩いてホテルまで帰って来たから。
酔いに薄桃色に染まる彼女の顔と熱をはらんだ潤んだ瞳とうっとりしたような満足そうな表情に私の心が喜びに満たされる。
自分以外の誰かを幸せにする方法なんて判らない。それでも少しでも彼女を喜ばせたくて自分が彼女の喜んだ顔を見たくて、そんな不純なものが原動力となっていつも私を衝き動かす。
「スーツ、皺になるよ」
脱力した身体に声をかけると、閉じた目をうっすらと開いて夢見るような眼差しで私を見上げる。
「脱がせて……」
その甘い声に、甘えた仕草に私はたちまちかしずいてしまう。スーツをそっと脱がせてハンガーにかけると下着姿の彼女を真っ直ぐにベッドに横たえる。強張ったふくらはぎをさするように撫でると彼女はうっとりした表情のまま眠ってしまった。
こんな夜に、二人でいるのに一人で起きているなんて耐えられない。
シャワーを浴びて疲れと汗を流すとツインの片方のベッドに寝ている彼女の横に静かに潜り込んだ。起こさないようにそっと彼女の華奢な身体を抱き締める。汗まじりの彼女の体臭にくらくらしながら、そんなものですら自分を幸福にする事に少し驚きながら、私も目を閉じた。