□ 君といる幸せ
NYにて

 朝日が眩しくて目が覚めた。
 広いベッドにただ一人で寝ているその切なさ。手を伸ばせばいつも抱き締める事ができた、君。
 今、私の隣に誰もいない。
 朝日の差し込む窓辺で風に揺れるレースのカーテンの向こうに、芝生に落ちる柔らかな木漏れ日の中に、さざめくように明るく笑う君の幻影を見る。
 離れたばかりの頃は、新しい環境でめまぐるしいほどの忙しさに忙殺されて寂しいという感情をどこかに置き忘れてきていた。
 少しずつこちらの生活になれて仕事にも慣れていった頃、休暇だといって君がやって来た。
 それはまるで長い冬の後に待ち焦がれていた春がやってきたように、眩しくて明るくて温かだった。
 そうして初めて、自分の心が彼女と離れた時から凍結していたのだと気づいた。
 彼女がいないと私は息すら出来ない。生きていない。生きていないのと同じだ。
 そうして私の心に温度と生を与えた君は瞬く間に私の腕を通り抜けて帰って行ってしまった。
 取り残された私の心はまた凍りついてしまった。
 日常を、仕事を、こなす上で必要の無い“感情”。
 それゆえに逆に結果を出す事ができて有能だといわれる。それは私にとっては少しも褒め言葉ではないのに。
 眠りながら無意識に腕を伸ばして、空を抱き締める。
 何度夜中に目を覚まして君のいない現実に愕然とした事だろう。
 夢の中ではいつも君と会い、君に触れて、抱き締めて身体を重ねているのに。
 離れていても心は繋がっている。
 そう言ったのは私。
 けれどもそれは離れた事がない人間の傲慢な考えだった。今では判る。
 心はとても柔らかでどんな形にでもなる。
 だからこうして離れていれば君が他の誰かに気持ちをうつしてしまうことがあるかもしれない。
 けれども私の心は凍りついて君の形をそのまま残している。だから私の気持ちが変わる事はありえない。そう、あるはずがない。
 そのことをどうしたら君に伝える事が出来るだろう。
 どんな時でも私は君の姿を捜す。
 街角に、外灯の下に、並木の間に、流れを作る車の中に。
 どこにも君はいないのに。
 判りすぎるくらい判っているのに。


 そうして数多の切ない夜を乗り越えて、私は長い休暇に再び君をこの腕に迎えた。
 私の中で止まっていた時間が急激に流れ出す。
 息苦しい呼吸が穏やかになり、凍りついた心がゆるゆるとほどけてゆく。
 ゼンマイ仕掛けの人形に温かな命が吹き込まれる。
 こんな風に誰かを愛する日がやってくるなんて思いもしなかった。
 切なさが幸せの証拠だなんて知らなかった。
 幸せな時間はあと言う間に過ぎて君はまた私から日付変更線の向こうへと離れて行ってしまう。


 ――そしてまた、私の時が止まる。

二人の日常

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