□ さくらさくら
 仕事中、メールの着信があり、それは恋人からだった。
 ――今日早く上がれるからお花見行かない?
 このところずっと残業続きだったのに早く上がれるなんて珍しいな、と思いつつ、自分のスケジュールを確認する。
 いくつかの仕事を翌日に回せば何とか7時前には上がれそうだ。
 メールを返信すると7時半にいつものところで、とあっという間に返事が来た。
 久しぶりの浮き立つような気持ちに仕事もはかどる。
 定時が過ぎた頃、私は次長のデスクに呼びつけられた。
 「これ、今日中に頼むよ」
 「…………」
 ちょっと考えてから返答する。
 「これってうちの課の仕事じゃないですよね??」
 「そうだが営業に頼まれちゃってな」
 頼まれたなら自分でしろ、と内心罵倒しつつ、
 「今日はどうしても外せない用事があるから無理です」
 「いいじゃないか、頼むよ。ほら、他は皆家族がいるから……」
 「それ、差別ですよ」
 「いや、区別だろう。事実なんだから。とにかく頼んだから、よろしく」
 人に頼んでおきながら自分はさっさと鞄を持って帰ってしまう。
 待ち合わせの時間まであと、1時間半。
 終わらないかも……とちょっと弱気になってとりあえず彼女にメールを送る。
 ――了解、待ってるから大丈夫。
 “待ってるから”で彼女の笑った顔が思い浮かんで、少し元気が出た。
 私はパソコンの前に座ると一心不乱にキーボードを叩きはじめた。


 結局一時間遅れで待ち合わせの場所に到着した。
 「待たせてごめん」
 開口一番、頭を下げると彼女はふわんと笑って、
 「謝ることないよ。仕事だもん。仕方がないでしょう??」
 「でも……」
 「ちゃんとメールもらったし、問題なし!」
 それよりお腹空いたでしょう、と彼女が私の手を引く。
 「時間があるのわかったから、デパートでお花見弁当買ってきちゃった」
 子供のように無邪気に笑う。
 私の心の中のイライラも疲れて淀んだような心も彼女の笑顔でさらさらと跡形もなく消えてなくなる。
 手を繋ぎながら舞い散る桜の花びらの中を二人でゆったりと歩く。
 こうして毎年二人で年を重ねていける奇跡に知らず私の身体が震えてしまう。
 「――“さくらさくら”だね」
 夢見るような眼差しで彼女が大きな桜の木を見上げる。
 私は繋いだ手をほんの少しだけ力を込めて握りなおした。可能な限り、できれば一生、こうして二人で歩いて行きたい。
 「本当だ」
 見渡す限りの花盛りに私の顔も自然と綻んだ。

二人の日常

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