■ 傍にいるだけで
 潤んだ瞳と輝くような薔薇色の頬に熱い吐息。
 震える声で彼女は私に告げた。
 心が熱くわななく。
 彼女が愛おしくてたまらない。
 汗ばんで熱をはらんだ髪を愛撫するように撫でると、彼女の目から透明な涙が一滴零れ落ちた。


 翌朝、マンションの地下駐車場で車に荷物を積んでいると興奮に上気しているのか顔と瞳を輝かせた彼女がエレベーターから姿を現した。
 柔らかな生地のアイボリーのパンツスーツに華奢な身体を包んでいる。今でも時々初めて彼女に会った時のようにときめく事がある。それはいつもこんな時だ。
 咄嗟に彼女のほっそりとした手首を掴むと、彼女が慌てたように身を引く。
 私は無言で首を振って見せた。
 「だって!!」
 彼女の顔が悲しみにひき歪む。
 「先に車に乗ってて。ちょっと忘れ物取りに行って来る」
 助手席のドアを開けて彼女を促す。彼女は戸惑ったような顔で私を見返した後、ゆっくりとシートに身を委ねた。
 素早く部屋に戻り必要なものを揃える。
 気落ちしてない訳じゃない。でも今はそれどころじゃないから。
 車を病院につけると彼女はまた泣き出しそうな目で私に謝ってきた。
 謝られたいわけじゃない。
 私が、苦しそうな彼女を見ていたくないだけだから。


 診察結果は風邪だった。高熱の出るウイルス性のものらしい。
 ベッドの上で涙を流して謝る彼女の火がついたように熱い額にかかる髪を優しくかき上げながら私は告げる。
 「おかゆ作ってあるから食べる? 薬飲むのに何かお腹に入れないと」
 熱は39度を遥かに越えている。食欲は無いだろうけれどそれでも胃のために彼女自身のためにおかゆを食べさせる。
 数口でもう無理と言われて薬を飲ませた。
 熱のせいだろう。
 彼女の目から壊れたように涙が流れ続ける。
 「せっかく……行きたかった」
 熱い吐息と共に囁くような弱弱しい声がこぼれる。
 私はタオルで涙や汗を拭ってあげながらどう言えば自分の心が彼女によく伝わるのか逡巡しながらポツリポツリと言葉を紡いだ。
 「正直残念だって気持ちはある。でもそれはお互いが元気で楽しく過ごせなければ意味は無い。ただ一緒にいるだけで私は幸せだから。たまにはこんな休日もいい。早く元気になって笑ってくれればもっと幸せだけど……」
 彼女の熱に震える手が私の手を掴む。
 ぎゅっと掴んでいるのに力が入らないのかその手は熱く弱々しい。
 「旅行は元気になったらいつでも行けるから。暫くは仕事も落ち着くはずだし多分土日は休めると思う」
 そう、こんな休暇も悪くない。
 ただ彼女が傍にいるだけで。
 それが私の幸せだから。
 だから早く良くなって笑って欲しい。
 私の隣で幸せそうに笑って欲しい。
 幸せそうな彼女がたまらなく愛おしいのだから。
 気持ちを告げてその唇に口付けようとすると、彼女の手がやんわりとそれをとめた。
 「うつしたくないから……」
 キスが出来ないのはちょっと不満だけど、涙を拭って笑う彼女のほんのりと幸せそうな顔に私の心も温かくなる。
 薬でうとうとし始めた彼女の燃えるように熱い額に唇を落とし、私の手を握る彼女の手からだんだんと力が抜けていくのを感じて、そっとその手を握りなおした。


GW編 END

二人の日常

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