目を閉じて、息を止めて 中編
顔を寄せるとほのかに香るシャンプーのにおいと、触れた唇の弾力のある柔らかさに、目の奥が痛んだ。
――キスなんてなんてことないのよ。
自分に言い聞かせるように、呟く。まるでどこにでもよくある事のように。
そうしなければ、自分の欲望で彼女を踏みにじってしまいそうだったから……。
輝くような艶のある幼さを残す頬も、ほんのり色づく唇も、震える睫毛も、そして芳しい肢体もだた目にするだけで、私を私でないものに変身させようとする。
――ありがと。勉強になった。
複雑そうな顔で彼女が立ち去る。
それはそうだろう。
軽い気持ちで、冗談を言ったのに、唇を奪われてしまったのだから。
このキスで眩暈がするほど幸福で、気持ちが良かったのは私だけなのだから。
触れ合った唇を指で辿る。
まざまざと彼女の唇の感触を思い出して胸が高鳴る。
指で触れた私の唇も、燃えるように熱かった。
何故か判らない。
いてもたってもいられないような感情がこみ上げてきて私を翻弄する。
気を落ち着けようとお茶を買いに出ると、すぐ傍で蹲る彼女を見つけた。
口元を押さえて蹲る姿に突き刺されるような痛みが胸を走る。
後悔した。
私は私の欲望に負けて、彼女と唇を重ねた。
せめて、一瞬でも彼女と触れ合いたかった。
そして、もう一つ。
たぶん判っていたのだ。
この先相容れることのない彼女の中に自分という人間を刻み込みたかったのだ。
恐らく初めての同性とのキス。
それも遊びのような形で。
彼女の記憶に刻まれるという誘惑に私は負けたのだ。
たとえ嫌われ、嫌悪を抱かれても、彼女の中から失われたくなかった。
刻み込んだ傷は一生彼女の中に残るだろうと、判っていた。
目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとする。それを堪えるように唇を噛み締め、私は両手を強く握った。
もう、私には彼女を慰める資格がないのだ。
それを自分で放棄したのだから。
あの、温かで優しくてせつないような眩しい時間を自分で切り捨てたのだから。
一瞬の欲望のために。
永遠の熱望のために。
細かく震える彼女の華奢な身体を抱きしめて、優しい言葉で慰めてあげたい。
私はそこから去ることも、彼女に近寄ることも出来ずに、ただ立ち尽くすしかなかった。