目を閉じて、息を止めて 後編
まるで打たれたように顔を上げて振り返った彼女の頬を涙が汚していた。
ほんの数分の、しかし私には永遠かと思われるほど長い間、ただ立ちつくしていると昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
彼女の身体がビクリと震え、チャイムに引きずられるように立ち上がるとハッとしたように私を顧みる。
――センセ。
噛み締めた唇から洩れるため息のような囁きに、体内を渦巻く罪悪感が流出する。
――ごめんなさい、あなたを傷つけるべきじゃなかった……。
愛しているなら尚更に。
目の痛みに思わず目を閉じると、片目から熱い涙が伝った。
こんな卑怯な人間が、涙なんて見せてはいけない。
咄嗟にうつむいて頬を拭うと、ふんわりとした香りとともに柔らかな感触がぶつかって来た。
――センセっ!
卑劣で、下種な私を彼女は許してくれるというのか。
――ごめんなさい。
何を言い訳できるわけもなく私は繰り返した。
その腕に柔らかで温かで華奢な彼女を抱いて、私は謝罪の言葉を繰りかえした。
許されるべきではないのに、許してくれる彼女を堪えようもなく愛おしく感じながら。
この胸のうちをすべて彼女に伝えることが出来ればいいのに。
でも、それは、けっしてしてはならない。
彼女の大人の女性への憧れの気持ちを、誤った方向へ向けさせてはいけない。
私を見るまぶしいようなその眼差しの意味を私は勘違いしてはいけないのだ。
彼女を愛するなら、諦めなければならない。
もし、もしいつか、一人の大人として彼女が私を必要としてくれるならばその時は――。
それはありえない妄想だけれど……。
目を閉じて、息をひそめて、彼女が泣き止むまで、私はそうしてただ彼女を抱きしめていた。
それでもまだ浅ましく、この瞬間が永遠に続けばいいと願わずにはいられない。