■ 元 旦
 身を切るような冷気の中、息を弾ませて真っ暗な道を足早に歩く。気持ちは駆け出しているけれど、ヒールで走るにはまだ朝早すぎる。高く響くその音は多分騒音に近いだろうから。
 一分でも一秒でも早く会いたい。
 彼女の眠る温かなベッドに潜り込んで彼女の柔らかで温かな身体を抱き締めて彼女の香りを胸いっぱいに吸い込んで彼女で満たされて泥のように眠りたい。
 この数日、仮眠はとったもののゆっくり眠っていなかった。だから仮眠室でゆっくり眠ってから帰るように言われたけれどとてもそんなところで寝てはいられない。家で可愛い可愛い最愛の恋人が私を待っているのだから。
 始電に乗り込み、駅から10分弱の自宅のマンションに翔るような気持ちで早足で帰る。抱き締めてキスをしてキスをしてキスをして。今日は一日中いちゃいちゃとベットの中で過ごそう。
 妄想逞しくまわらない鈍い頭で非現実的な事を考えながら歩いているとあっと言う間に自宅のマンションに着いた。見上げると部屋には灯りが灯っていない。冬の夜明けは遅いから朝とは言ってもまだ真っ暗だ。彼女もぐっすりと眠ってしまっているのだろう。それを寂しいと思うよりもホッとする。私がいない夜を寂しく一人で過ごしているよりも寝ていてくれた方がずっといいから。
 エレベーターに乗り込み自宅の階で下りると、極力音を立てないように鍵を差し込み回す。ノブに手をかけて扉を開けようとした時、ガチャンと心臓が跳ね上がるような無遠慮な音がして扉が中から開かれた。
 「お帰りなさい!」
 パジャマ姿の彼女が飛び出してきて私に抱きつく。その温かな熱量に寒さに強張る私の顔と心がほんわりと解れた。
 どうしてだろう。
 彼女はどんな魔法でこんなにも簡単に私に愛情をまざまざと再確認させるのだろう。一瞬一瞬、より強く、より深く。
 彼女を抱き締めたまま玄関の内側に入り、靴を脱ぐ。そのままそこで軽く角度を変えながら先程の妄想どおりに何度もキスを繰り返した。
 下唇をそっと吸って唇を離すと、潤んだ瞳が私を見つめていた。そのほんのりと赤く染まった目元にも口づけを落す。
 それから温かなリビングへもつれ込むように移動して二人でソファに倒れこんだ。
 「あけましておめでとう」
 「おめでとうございます」
 「今年も宜しく」
 「今年だけじゃなくて、ずっとずっと……」
 キスの合間に新年の挨拶を交わす。永遠をねだる唇を塞いでパジャマのボタンに手をかけると、その手を彼女の温かな手が押し留めた。静かに首を振ると柔らかな彼女の髪がふわりと揺れる。
 「今はとりあえず寝ましょう。あなた、ひどい顔色をしてるもの」
 とどめた手を温かな両手で包んでくれる。
 「ゆっくり休んでご飯を食べて、それから……、ね?」
 この先私達にはたっぷりと愛し合う時間がある。でも、今の私に必要なのは睡眠じゃなくて彼女なのだ。
 私が不服そうな顔をしたのに気づいて彼女が破願した。その明るい笑顔にささくれ立った私の心は温かなものに包まれる。
 「それじゃあ、一緒にお風呂に入りましょう。コートを脱いで、去年の汚れを落として。新しい二人になって」
 ほんのりと頬を染めて彼女の笑顔がはにかむ。
 「新しい二人になって愛し合おう」
 私が言葉を引き継ぐと笑顔が泣きそうにくしゃくしゃになる。
 そう、私だけが彼女を求めていて彼女を欲しているわけじゃない。彼女も私を欲し求めてくれているのだ。それが愛し合うということ。


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二人の日常

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