- ■ 母
そう言ってから母は「ああ、そうか」と思い当たったように苦笑を浮かべた。
微笑まれるのではなくて、苦笑されてしまう。
それが私達なのだと、そう思うと胸が軋む。
たった一人の肉親にですら――。
それが私達の選んだ道。
でも、後悔しない、絶対に。
お盆時期に帰省する恋人に寂しさを紛らわせるためにいつも母の元へと足を運んでいた私は私達の関係を母に告白した数年後に母の本当の気持ちを聞かされた。
――私だって賛成しているわけではないのよ。
――えっ??
相手の両親が反対している事をこぼす私に母がポツリともらした。
――まだ、あなたの子供を、孫をこの手に抱く日を諦めたわけじゃないの。
――お母さん……。
私達の関係を賛成して認めてくれていると思っていた母の思わぬ言葉に私は激しくうろたえた。
――でも、それは私の夢や希望なだけであって、あなたの幸せとは別だから。
それに私が真に望むのはあなたの幸せだから。だから結婚や出産があなたを不幸にするならば、あなたがより幸せになれる状態を受け入れようと思っただけなのよ……。
母は特に進歩的な人柄ではなく、どちらかと言うとおっとりしたお嬢様タイプだった。両親に言われるままに父と結婚して、そして家庭を顧みない父に政略のためにあっけなく捨てられた女性だ。
そして私の男性嫌悪はその父に対する怒りや憎悪という負の感情からきている。
私は男性を愛する事ができない。身体を重ねる事ができてもそれはぎりぎりで我慢できるというだけで心から信頼し愛する事が出来ない。
それだけではなく女性でも男性でも心から信頼する事ができない人間不信に陥っている。人間不信に陥ったのは父だけが原因ではないのだけれど。
それを救ってくれたのが今の恋人なのだ。
それを知るがゆえに母は私達の関係を肯定してくれているとばかり思っていた。
――あの子には言ってあるわ。私の気持ちを。
――お母さん!
母は少女のようににっこりして言葉を続けた。
――あの子、あなたを一生幸せにするって、絶対に離さないって私に誓ったわ。人の心はうつろうのに。
私のいないところで言葉を交わす二人の様子が目に浮かぶようだった。
――普通に結婚しても子供が出来ない夫婦もいれば子供が出来ても離婚結婚を繰り返して挙句には子供を邪魔にして殺してしまう親もいるわ。それを考えればあなた達の関係も私には否定しきれないわ。誰の命を損なうことも無く二人が幸せに生き続けられるのであればそういう関係もありだと思うわ。
ただ、いざ自分の子供がその種の人間だと告白されて、うろたえない親はいないと思うの。あなた達の中にいろいろな感情があるように私の中にも相反するさまざまな感情があるわ。でも、その中でもっとも優先されるのがあなたの幸せなの。たった一人の私の娘ですもの。
――お母さん。
――どうか覚えていて。私の中にもあなた達を否定する気持ちがあることを。誰の中にもあるように、同じように。あなたに幸せになってもらいたいと言う気持ちの中にも二人の関係を完全に受け入れきれない気持ちがあるということを。それはもしかしたら種の保存に反するからかもしれないけれど。
母はそういうと私の目を覗き込むようにひたと視線を合わせた。今では私よりも小さくなってしまった母。それでもその愛は私をすっぽりと包み込むように大きい。
――あの子のご両親が反対し続けている事や私の気持ちに受け入れきれない部分があるのはけっして嘆くべきことではないわ。
だって、ご両親が反対し続けている限りあなた達の結びつきはより強固で揺るがないものになるから。あなた達はお互いを守ろうと必死になるから。相手を思い遣る気持ちを持ち続ける事ができるから。
勿論、賛成して受け入れてもらうのが何よりでしょうけれどね。
――お母さんっ!
私は突き動かされるように母に抱きついた。
――男女間の婚姻だって反対される事は多いわよ。だからめげてちゃ駄目。
あれから母とはその話は一切していないけれど私達に対する母の態度はずっと変わらない。
苦笑されても反対されてもずっと一緒に居ることを誓ったから。平坦な道じゃなくても私達は自分達の幸せを最優先したから。
あなたは毎年私を置いて田舎に帰り、両親と話し合う。私はその度母の元を訪れて私が今も幸せであると母に確認させ、私は母のあの時の言葉を反芻する。
そして翌日には私達のマンションに戻って落胆して帰ってくるあなたを愛情の限りで迎えるのだ。
「血の繋がった親を説得できなくて真に君を幸せに出来るわけが無いから」
とあなたは言うけれど。
私はあなたに幸せにしてもらいたいわけじゃない。あなたと幸せになりたいのだと、あなたを抱き締めて何万回でも繰り返す。
だからもう怖いほどに幸せなのだと――。