■ 大晦日
 大晦日の夜。
 テレビの向こうで除夜の鐘が鳴る。
 一人で年越し蕎麦をすすりながらぼんやりと今年一年の事を振り返った。いろいろあったけれどそれでも今までと殆ど変わらない日常の連続。平凡であるからこその穏やかな日常の連続。その日常が私を幸せにしてくれるのだけれど。
 大晦日にまでもつれ込んだ仕事を終えて遅く帰ってくるはずだったあなたと年越しパーティをしようとたくさん料理を作って待ていたけれど、さっきどうしても今日中に帰るのは無理だと短い謝罪の連絡があった。テーブルいっぱいの料理は冷めてから明日に持ち越すために全部冷蔵へとしまった。ふと考えてみれば夕食もとってなかったと、私は年越し蕎麦を夕食代わりにした。
 一人で聞く除夜の鐘はひどく私を孤独にした。
 あなたが忙しいのは今更だし、急なトラブル発生のため、こんな事もあろうかとはなかば覚悟していたけれど、思えばたった一人で年を越すのは初めてかもしれない。この十年の間、少なくともぎりぎりは間に合ってた。
 ずっと二人で、笑顔で年を越して、新しい年を迎えていた。
 私の隣にあなたの静かな笑顔がないだけでこんなにも私は寂しくなってしまう。一人でいることは嫌いじゃなかったのに、私はどんどん弱くなってしまう。あなたなしでは息も出来ないほど、弱い人間になってしまった。あなたを知る前の自分にはもう戻れない。これが私の選んだ道で私の幸せだから。あなたと共にいられること、あなたの傍にいられる事、それが私の幸福。そして私の幸福があなたの幸せであればいい。あなたの幸せが私の喜びであるように。


 新しい年を迎えて一人でベッドに潜り込む。
 昼間大掃除をして、たくさんの料理を作って疲れきっているはずなのに少しも眠くならなかった。冷えた布団に熱を奪われて私の身体はどんどん冷たく冷え切っていく。
 否、そうじゃない。
 この冷たさは心の冷え。
 あなたが傍にいないから。
 あなたに抱き締められていないから。
 朝になったら、遅くとも夜になれば帰ってくるのは判っているのに、いつも忙しいあなただからこうして一人きりで寝るのはよくあることなのに、それでも寂しいと心が泣く。
 あなたの腕の中だけで呼吸するビスクドールのように私から私らしさが失われていくような恐怖とすべてを支配されるかのような陶酔とが私を引き裂き続ける。私達はどこへ行くのだろう。私はどこまであなたと共に行けるのだろう。考えても仕方が無い未来の不安が去来する。
 ただひたすらにあなたと共にあることだけを望んだ、若かった、若すぎた私はもうどこにもいない。
 焼け付くような、眩暈のするような、激しい情動はもう遠い昔に置いて来てしまった。今の私に残っているのは柔らかで優しいただ愛おしいと思う、少しだけ切なさのスパイスが効いた愛。
 特別なものは何一つ持っていないのに、あなたに愛されている果報者。
 そんなことを考えていて夢と現の間をうつらうつらとしているといつの間にか夜明けがそこまでやって来ていた。


『元 旦』へ >>

二人の日常

Copyright(C)不知火 あきら All Rights Reserved.
Designed:LA   Photo:たいしたことないもの