■ 生 命
:微妙な表現が含まれています)

 苦しいような辛いような、そんな貌を無理遣り笑顔に変えて彼女が行ってらっしゃいと背中を押してくれた。
 その泣き笑いの顔を見て愛しさに胸が苦しくて悲鳴を上げた。
 彼女は私の命そのもの。


 仕事が思いのほか順調で予定より早く上がれた。そのまま飛行機に飛び乗って、9時間。全部睡眠時間に当てて文字通り飛んで帰る。
 玄関に飛び込んで「ただいま」というと、ほんのり涙ぐみながら抱きついてくる彼女がいた。
 こんなに感情を表す彼女も珍しい。
 でも、これほどに喜んでくれていると思うと、胸に温かな火が灯る。
 それは多分、命の火だ。
 彼女と居ると燃え上がる。
 柔らかな唇に自分のそれを重ねて彼女を堪能する。ずっとこうして触れていたい。
 でもそれでは先に進まないから。
 もつれるように抱き合ったままリビングへと進んだ。
 「ただいま」
 「おかえりなさい」
 もう一度唇を重ねて見詰め合う。
 目蓋に焼きついた姿よりもみずみずしい彼女。
 「なんか綺麗になった?」
 「ふふふ。エステとか行ったから」
 肌触りが良くなった頬に指を滑らせると、彼女がほんのりと頬を染めてうっとりとした目で私を見つめる。
 その柔らかな身体を堪能したいけれど、ぐっと堪えて話し出す。
 「――実は明日、宿とってあるから、車で一泊旅行行かない??」
 「ええっ!!」
 驚きに見開かれた瞳がこぼれそうで笑ってしまう。
 ああ、そう言えば笑ったのなんて何日ぶりだろう。
 彼女の傍じゃないと私は笑う事も忘れてしまうのだ。
 「どうして……」
 言葉もなく驚く彼女に知らず緩む口で答える。
 「向こうでだいたいの仕事の目処がついた後にネットで宿を探して予約しといた」
 そう、ゴールデンウィークだけど意外と空きがあるのにはびっくりした。
 彼女は泣きそうな顔をしてふわりと笑うと私の首にしがみついて、痛いくらいに抱き締めて来た。この甘い疼くような痛みが、重みが愛情なんだと思うと幸福感に軽い眩暈がする。
 言葉では言い足りない気持ちがある。
 それは熱く情熱的でいつも彼女に向かって私から流れていく迸るような気持ちだ。
 「コーヒーを入れるから座って。ご飯は食べて来た?」
 彼女は踊るように身を翻してキッチンに駆け込んだ。
 それを少しだけ寂しく感じながら、でも、日常に帰れた嬉しさに、明日の予定に胸を弾ませる彼女を見ることが出来る喜びに私の心も弾む。
 「早く帰りたかったから、何も食べてない。おなかペコペコ!」
 私の言葉に彼女が幸せそうに笑う。
 疲れで凝り固まった心がどんどん解れて、切ないくらいに愛情が彼女へと流れ出す。
 彼女の作った簡単だけど温かな食事は私の心と身体を温めてくれた。
 彼女は私の命そのもの。


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二人の日常

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