密やかな吐息 四
○ 爪 ○
クセで爪を噛むと、横から伸びてきた手が私の手首を捉え、そこに静かに唇を寄せた。
始まりは同病相憐れむという状況だった。
二人はともに
アイドルに憧れるようなそれではない。同じグループ内にいて一緒に笑ったり喋ったりじゃれたりしているのだ。なのにどうしようもない欲望に熱い鉄を流し込まれたようにその身を震わせてしまう。
そんな二人が、相憐れみ、寄り添いあうようになったのは必然だった。
二人で“アリス”の話で盛り上がり、最後には切ない思いを吐露しあって泣く。そんな事を繰り返して、いつしか身を寄せ合い、指を絡めあい、慰めあうようになった。
未成熟だが柔らかな唇を重ねあい、お互いの体温を分け合うように抱き締めあう。
暖かな人の体温にどれほど慰められただろう。
ふんわりと優しいいい匂いの胸に抱き締められるだけで切なさや虚しさが吸い取られていくように消えてなくなる。
“アリス”を好きだというその唇同士を重ねあい、“アリス”に触れたいと願う指を絡めあう。“アリス”は決して彼女達のものにはならない。
そう、“アリス”の目はただ一人の人間しか写していないことを彼女達は恋焦がれるあまり知っていた。それが彼女達へ向けられることなど無いと知っていた。
相手はあの、学園のアイドル的存在なのだ。もちろん勝ち目はないし、そもそも自分達がその目に映りこむ余地すらない。
何も言わずにただ熱のこもった眼差しを投げる“アリス”を抱きしめて慰めてあげたい。自分が相手ならいくらでも愛し返してあげられるのに。
幾度も繰り返しそんな話をしながら彼女達は身を寄せ合った。
いつも二人で“アリス”の話ばかりしていた。愛情が尽きる事が無いように“アリス”の話題が尽きる事は無かった。
私は爪を噛む癖がある。
ストレスを感じると噛んでしまうのだ。
それを見るとはるひはいつも静かな声で制止した。私のストレスを理解して私の手を取り、噛んだ爪の先に唇を寄せて舌を這わせる。いつしかそれは指全体を舐める行為に変わるのだ。
湿った熱い舌でそれをされると私はいつも切ないようなドキドキした気持ちになる。
もっと深くはるひを知り、はるひの全てを見たいような気持ちになる。
のぼせるように顔が熱くなって目頭が焼けつくように感じると、はるひが顔を上げてなだめるように優しく唇を重ねてきた。
いったいいつからだろう。
一生懸命“アリス”の事を考えるように努力し始めたのは。一生懸命“アリス”を見て記憶して話題に合わせようと努力し始めたのは。
いったいいつからだろう、はるひに抱きしめられると切なくて泣けてしまうようになったのは。