密やかな吐息 六
○ 吐息 ○
色素の薄い髪と肌、厚みのない身体、ほっそりと華奢な肢体、中性的な肉体と容貌。その貌は中性的だが華があり、女子部という閉鎖された特異な空間でアイドルとされるに充分な素養を兼ね備えていた。
その椎名リカコが密やかに憧れているのは彼女と対を成す、学園のヒーロー的存在、有栖川巴だった。
幼いような、拙いような、もどかしいような、でも見ているだけで切ないような彼女達の気持ちに気付く者はいない。
彼女達の級長、姫野凛を除いて。
凛はひっそりと吐息をつく。
男嫌いの自分はこの学園に来て初めて胸いっぱいに空気を吸い、がんじがらめだった束縛から解き放たれ自由になった。
その楽園に住む住人は皆酷く純粋で可愛らしくて彼女の心を優しさで満たしてくれる。水を得た魚のように生き生きとした凛を見て幼馴染が恋をしていると指摘してきたが対象が一人の人間ではないからもちろんそれは恋ではない。
彼女達やクラスメイト達はとても可愛くて大好きだが、他人で一番好きなのは誰かと言えば実は男子である幼馴染だ。それはまだ幼くてとても恋とは呼べない感情ではあったが。
リカコや巴のように、あるいは桜子やはるひのようにまだ恋とは呼べないような淡い想いを誰かに寄せたり、その相手から想いを寄せられたりしたら何だかとても素敵だし、もっと優しい暖かな気持ちになれるのではないかと思わずにはいられない。
頬を上気させて瞳をうっとりと潤ませ何かを想像しているそんな凛の姿を見れば幼馴染でなくても恋をしているように見えるだろう。
ひっそりと付く吐息もどこか甘やかだ。
「……姫野さん……」
職員室へ日誌を出しに行った帰り、廊下で声をかけられる。
見覚えのある顔。直接話したことはないが、確か唯一同じ中学出身のかつての凛を知る生徒だ。
その名も知らぬ女生徒はふっくらとしたつややかな頬を上気させ、夢見るような眼差しを心もとなげに伏せた。
「わたし、その、ずっと、ずっと、…あなたのこと……」
人気のない放課後の廊下で、震える声で搾り出すように告げられる想いを、淡い色の唇が紡ぎだすその言葉を、予感に胸を高鳴らせながら、凛は聞いた。