夢の中 5
とうてい叶わない恋だと初めから判っていた。
どうしてなのだろう。
どうして自分は同性しか愛せないのだろう。
初恋の頃からずっと女性が好きだったカズハはいつも苦しい恋をしてきた。
相手に告げる事の叶わない絶対に成就しない恋。
高校生になり女子校に入ると意外と同じ指向の人間は肌で感じるもので、幾人かと付き合ったりしたが、やはり自分から好きになった相手ではなかったためか長続きしなかった。
そしてやはり自分はどうしてもノーマルの相手に傾倒してしまうのだ。
また何度か苦しい恋を繰り返し、そしてカズハは全てを諦めた。
好きでもない同性と付き合うならば好きではない異性と付き合うのと変わらない。
セックスがしたいわけではなくて、そういう快楽だけが目的なのではなくて、もっと深い心のつながりが欲しいのだ。
だからどうせ心の繋がりが無いのなら周囲の人間のためにも普通に異性と付き合って結婚すればいいのだ。
そうすれば歩いていく道は時々起伏があっても平坦でなだらかだろう。
男性が嫌いだとか嫌悪を感じるわけではない。
したことは無いが恐らくセックスも出来るだろう。
ただ、今まで好きになったのは全員同性だったと、ただ、それだけのことなのだから。
そう諦めて、そして、高校生活も残すことあと一年となった時、出会ってしまったのだ。
――サヤに。
一目で傾倒していく自分に急ブレーキをかける。
諦めると決めたのだ。
それに心がこんなに求める相手に嫌われたくない。
カズハの心を臆病にしたのは幾多の辛い恋とサヤの曇りの無い明るい笑顔だった。
今ここで重なり合っただけの進む道の違う二人だから、卒業して離れ離れになるまでそれまでの間だけ、幸せな夢を見させてもらおう。
その夢を見るにはかなりの痛みを伴うけれど……。
そして夏を秋を冬を共に過ごした。
カズハは思い出を一つ一つ刻み込むように日々を暮らした。
やがてまた春が来て、とうとう別れの日が来た。
いつも二人が分かれる十字路で二人は自然と足を止めて向き合った。
これが恐らく本当の別れになると二人とも知っているかのようだった。
名前を呼ばれて俯きがちの顔を上げると、サヤは白い頬を薔薇色に染めて長い睫毛を震わせながらも真っ直ぐにカズハの目を見つめていた。
小ぶりだがふっくらとした唇から呟くように言葉がこぼれる。
「――ずっとカズハが好きだった。大好き。本当は離れたくない」
思いがけないその言葉はカズハの胸を甘く満たし、うずくような痛みを与えた。その無邪気なサヤの告白に、何とか返答する。
「ありがと。私もサーヤが好きだよ。この一年間、楽しかった」
「違うの!」
サヤの叫びはカズハの言葉を掻き消すかのように重なった。打たれたように視線が伏せられ、幾度も瞬くとその瞳はうっすらと水の膜に浸る。
「こんなのおかしいし、気持ち悪いと思われるかもしれないけど、私はカズハを愛してるの。カズハと仲良くする誰かにいつも嫉妬してた……」
「サーヤ……」
夢かと思った。
自分の都合のいい夢。
だって、ありえない。
好きな人が自分を好きになってくれるなんて。
サヤはノンケで自分とは違うのに。
その奇跡のような言葉に驚愕して、カズハは身動きすることも出来なかった。
息さえしていなかったことに気付き、深く息を吸って呼吸を整える。
それからサヤの顔をまじまじと眺めて真意を探る。
あまりに真剣なサヤの顔に、戦慄する心とは裏腹に自分の顔が勝手に綻んでしまうのが判った。
「ありがとう。私もサーヤを愛してるよ」
現実感の沸かないまま、何とかサヤの望むであろう、自分の正直な気持ちを告げることが出来たのだった。