夢の中 6
恐怖に叫んで飛び起きると、ベッドの傍らで横になって自分を眺めていたらしい恋人と目が合った。
恋人がふわりと笑ってサヤの頬を撫でる。
「最近よく眠れないみたいだけど、私には言えない事??」
優しい口調で訊ねられると答えに詰まって、ただただ首を振る。寝ながら滲んだ涙がはらりと落ちる。
「怖いの」
サヤの声は震えていた。
全身に冷や汗のようなものをびっしょりとかいていて、悪夢に飛び起きただろうことは目撃したから知っている。
「何がそんなに怖いの? 良かったら教えて……」
しばらくの逡巡の後、サヤはおずおずと口を開いた。
「怖いの。先の見えない不確かな未来が怖いの。どんどんあなたを好きになっていく際限のない自分が怖いの。あなた無しでは生きていけないことが怖いの……」
そう言ってすがり付いてくるサヤをカズハは優しく抱きしめた。
サヤの悩みは老若男女にかかわらず悩む事だ。それに自分は答えを与えてあげることは出来ない。誰に解決してもらうことではなくて自分で折り合いをつけて生きていかなければならない部分だから。
「不思議だね」
カズハはサヤの話を聞いてなかったかのように淡々と呟いた。
「五年前はこんなふうに二人で抱き合う日が来るなんて思いもしなかった。サーヤが私の腕の中にいるなんて、夢を見ているようだよ」
愛の言葉を囁けと言うなら何万回でも囁こう。
未来の約束が欲しいと言うなら共にある事を約束しよう。
まるで夢の中のように居心地のいいこの空間でどうしてサヤはそこまで悩まなければならないのだろう。
躊躇うようなしぐさの後サヤが口を開いた。
「――カズハの子供が欲しいの……」
それだけは叶えてあげられない。それに……。
「それは却下。現実に無理だし、サーヤを子供にとられたくないから」
唇を尖らせたカズハにサヤはふきだした。とたんに張り詰めていた空気が柔らかくなる。
「私だけじゃ足りない?」
サヤはふるふると首を振った。
カズハにはなんとなく判った。サヤの家から何らかのアプローチがあったのだろう。そろそろ二人とも適齢期と言われる年齢に突入したから。
これから進む道は険しく辛いものになるだろう。あるいはその結果二人は別れる事になるかもしれない。
それでも、一緒に歩いていきたいと手を取り合ったのだ。
だから行けるところまで一緒に行こう。
今はまだ二人は夢の中をまどろんでいるような状態だ。
「私はずっとサーヤと一緒にいたいよ」
柔らかな薔薇色の頬に口付けるとサヤはうっとりと目を閉じた。
これが夢ならば永遠に覚めなければいい。
現実ならば未来が二人に少しでも優しければいい。
サヤを抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、カズハもまたゆっくりと瞳を閉じた。