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 追憶・告白

 【 追 憶 】  〜教室の窓際で〜   〜校庭の片隅で〜  
〜保健室で〜     〜白い壁の部屋で〜
 【 告 白 】 追憶その後1   追憶その後2   追憶その後3


告白  〜追憶・その後 1〜

 卒業式。
 少女の写真を抱えたその母親が、少女の代わりにその席に座り、すべてを終えた。
 それは残されたものの感傷に過ぎないかもしれない。
 けれども、残された人間はそうして一歩ずつ前に進んで未来を生きていかなければならない。
 そうして私のクラスの生徒達は一人を欠いた状態で卒業して行った。それぞれの道を未来に向けて歩いて行く。少女が歩む事が叶わなかった未来へと……。


 帰宅のために職員室を後にして裏門から学校を出ると、とっぷりと暮れた闇の中から声がかかった。
 「先生……」
 それはその日卒業した私のクラスの女生徒だった。
 制服の上からコートを着たまま卒業証書を手にして立っていた。
 3月になって梅が咲いているとはいえ朝晩はまだ酷く冷える。カラスのように闇に溶け込む制服に女生徒のマフラーが淡く闇に浮かんでいた。
 「どうしたの??」
 私は彼女にかける言葉がなかった。強いて言えば“卒業おめでとう”なのだろうけれど、めでたいと思っているかどうか自信がなかった。
 それでもあの失われた少女との思い出が詰まった場所から解放される事はいつか彼女にプラスになるに違いない。
 過去を見つめ続け、過去にこだわるのが悪いと言うわけではない。けれどもまだ若い、若すぎる女生徒を悲しみと過去に縛り付けるのは好ましいとは思えなかったから。
 女生徒は血の気を失ったような真っ白な顔で強張ったように笑うと、白い息を吐きながらひっそりと言葉を紡いだ。
 「先生、今日までありがとうございました。私もあやも先生のクラスになれて幸せでした」
 震えを帯びた声に思わずその頬に触れる。滑らかな手触りの若々しい頬は氷のように冷たかった。
 「――いつからここに?!」
 女生徒はふんわりと笑って僅かに私の手に頬を摺り寄せるような動作をした後、僅かに身を引いて私の手から離れた。
 私は自分の行為が常軌を逸したものだと気づいて自分の手を握り締める。
 多分そう、寂しいのだ。愛する少女を失って、心が空虚で何かに、何か温かいものにきっと私は縋りつきたいのだ。それをこの女生徒に求めていいわけはないのに。
 「どうしても、先生に伝えたい事があったので……」
 彼女はふと、何もない宙に視線を上げて、ふわりと優しく笑った。
 「あやは一年の頃からずっと先生が好きでした。いつも先生の話ばかりしていました。その気持ちはとても真剣で、それまでずっとあやを見てきた私はそれがあやの初めての、そして最後の恋だと知っていました……」
 笑みの形に細められた目から涙が伝う。闇の中、白い頬に伝う涙は遠くの外灯のあえかな光を受けてとても美しかった。
 「なのに私は、あやの気持ちを知る前からずっと思い続けていた先生への気持ちをずっと思い切ることが出来なくて、ずっとずっとあやと先生を騙してました、ごめんなさい」
 彼女は大きく身を震わせ、涙を流す顔を両手で覆った。
 「ずっとずっと言いたかった。先生が好きだって。あやにも先生にも。あやに負けないくらい先生が好きだって……」
 その悲痛な叫びに、私は何を返してあげればいいのだろう。
 長い話になりそうだった。いつまでもこの寒い中、この場所でするべきではないし、彼女を泣かせておくことも出来ない。
 「話してくれて、ありがとう。もし良かったら私の車で話しましょう。ここは寒すぎるわ……」
 裏門を出るとすぐに教員用の駐車場がある。その門から一番遠い場所に私の車があった。車通勤の私は防寒着を着ていないからかなり薄着だった。たったこれだけの会話の間にも私の身体は冷たい外気にどんどん熱を奪われて、声が震えてしまうほど冷えてしまっていた。



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