告白 〜追憶・その後 3〜
先生は私に言った。
私の気持ちをあやが知っていたと。
そしてその気持ちをあやが代わりに自分に告げたのだと……。
私は驚きに目の前が白く霞むように感じた。
あやが私の気持ちを知っていたなんて!!
白く霞んでいた視界が赤に変わって、目の奥が焼け付くように熱くなった。止まったはずの涙がまた流れ出す。
あやは全部を知っていた?
私が先生を好きで、そしてあやに嫉妬していたと?
それでもあやが大好きでずっとずっと苦しかったと?
私が止まらない涙を手で拭っていると、運転席で前方を見ながら淡々と話していた先生が身を乗り出すように私の方へ近づいてハンドタオルを差し出してくれた。
もう到底ハンカチでは拭いきれないほどの滝のような涙に、タオルを差し出してくれる先生の優しさに、心が熱くなり更に涙が止まらなくなる。
何気ない優しさも、笑った顔も、怒った顔も、どんな先生も好きだった。
あやのママに優しくされても、大好きで大切なあやに抱き締められても、私の胸にはいつも空しいような虚ろな隙間があった。その空虚が先生を知り愛する事で瞬く間に埋まったのはなぜかは判らない。なにか抗いがたいものに惹かれるようにずっとずっと先生を見ていた。
そうしたらあやが幸せそうな笑顔で先生が好きだと私に告げてきた。
生まれた時からただ奪われ続けていたあやから何かを奪うことが出来るはずもない。私はあやの幸せのためなら何でもすると誓っていたから。
あやが生きている間だけでいいから、先生があやを愛してくれればいいと心から思っていた。それはとても苦しくて辛いことだったけれど。
誰しもに用意されている未来があやにはないから、せめて――。
何度も先生への気持ちを思い切ろうと思った。
もし、私の気持ちをあやが知ったならきっとあやは私に遠慮してしまうだろうからと。
なのにどうしても捨てられなかった。それどころかますます好きになっていく自分を止める事さえ出来なかった。
それを、あやが知っていたなんて!!
俯いていた顔を上げると無表情のような先生の横顔が目に飛び込んだ。あやを失ってから先生のそんな顔をよく見るようになった。
ただ、今、その頬にははらはらと綺麗な涙が流れていた。
「不思議ね、無から生まれたものなのに、無に還ることがないなんて……」
淡い口紅で彩られた唇から囁くような言葉がこぼれた。
先生が何を言いたいのか判らなくて、私は耳を澄ました。自分の嗚咽が先生の言葉を掻き消さないように。
「私、あなた達が好きだったわ。好きと言うより、愛してた。二人を見ていると私のとても綺麗で大切だった気持ちが蘇ってきて、いつも幸せになれたから。ずっとあなた達二人を見続けていたかった……」
ふと先生の視線が私の方へ流れて来た。
「私、あなた達に愛される資格、無いわ。
だって、酷い先生なのよ。もうすぐ死に行く生徒に優しくしてあげる事も愛を告げることもしなかったわ。常識とか世間体とかそういうものに縛られていた。でも――」
涙に濡れた瞳に私は吸い込まれそうだった。
「あやは気づいていたわ。私が愛している事を。――あなたを求めている事を……」
「先生!!」
自分の悲鳴のような声がどこか遠くから聞こえる。
だって、先生はあやを愛していたはず。あの最期の時だって、あやに愛しているって、そう告げていた。
先生は困ったような顔をして頷いた。
「確かに愛していたわ。いえ、愛しているわ、今でも。でもそれは妹のように、やわらかで温かな気持ちで愛しているわ。ドキドキすることも目がくらむ事もない、穏やかな愛情。思い出せば泣けるほど悲しいけれど生きていけないほど苦しいわけではない。あやには申し訳ないけれど……」
「そんなっ!!」
「あなたの気持ちもあやに引きずられているのだと思っていたわ。だからあやが逝ってしまってきっと覚めると思っていたの。告げる気はなかった。でも――」
先生はとても幸せそうに笑った。
「嬉しかったわ。あなたに好きだと言ってもらえて……」
「先生!!」
私は身を乗り出して先生に抱きついた。
先生は温かくていつものようにいい匂いがした。その温かさは生命の温かさ。生きている温かさ。
私はそのまま声を上げてわんわん泣いた。あやに申し訳なくて、でも怖いくらい幸せで。
泣き止むまでずっと抱き締めて背中を撫でてくれた先生はその後腫れあがった醜い私の顔中に羽根のように柔らかなキスの雨を降らせてくれた。
「好き」
甘い痺れがかけあがるのを感じながら吐息と共に呟くと、私の告白を吸い取るように、先生の唇が重なった。
あや、許して――。
止まったはずの熱い涙がまた一筋、頬を伝った。