告白 〜追憶・その後 2〜
車のヘッドライトが川のように道路を埋め尽くしている。
この夕方の帰りのラッシュ時間はいつもこんな混雑状況だった。
「家まで送るわ」
私の言葉に助手席に乗った女生徒は、硬い表情のままただ首を振った。
卒業式のこんな日に、子供の帰宅を待っていない親はいないだろうに。
彼女は地元の4年制の女子大に進学が決まっていた。
頭が良くてしっかりしていて、優しくて芯は強いのに控えめで、華やかさには欠けるけれど容姿も端正で。こんな娘だったらどんな親でも自慢だろうに。
けれども彼女はちょっと困った顔をして、
「今日は両親とも遅いので……」
と言った。そう言えば三者面談の時もどうしても両親が都合がつかないと言う事で私と彼女と二人きりの面談だった。
「物心ついたころから親は忙しくて。あやのママがもう一人のママで、あやはずっと私の大事な大事な妹だったんです」
彼女の家の近くの大きな公園の脇に車を止めて自動販売機で買った温かな缶紅茶を渡す。
すると彼女はぽつりぽつりと自身のこととそして幼馴染みの少女の事を話した。
彼女と少女――あや――の話をしたい。あやの話を聞きたい。
けれどもそれ以前に私は伝えなければならないことがあった。だからこそ自分の車に誘ったのだ。
私が口を開こうとした瞬間、彼女ははにかむように笑って、私の渡した温かな缶紅茶を持つ手に頬を寄せた。
「先生、ありがとう。――とっても温かい」
嬉しそうに言う。
「あやには悪いと思っているけど、一つだけ許してもらおうと思ってるんです。あやが見られない先生の未来を見届ける事を……」
そう言うと彼女は車のドアを開けて外に出ようとした。その手を咄嗟に捕まえる。
「待って、まだ私の話が終わってないわ!」
冷気が吹き込むドアを閉めさせる。
何から話せばいいのだろう。
私はあやと病院で会話した時の事を順に辿りながら思い出していた。それはもう半年以上も前の事だった。
入院してから何度目かのお見舞いの時、丁度彼女――あやの幼馴染みであり親友の久留美――が珍しく居合わせなかった事があった。
その時、あやは大きな目を更に真剣に瞠って私を見つめると私に告白したのだ。
「センセ、私達ずっとセンセの事が好きなんです……」
勿論私は驚いたけれど、その複数形にまだ事を深刻には受け止めてなかった。
少女の言う好きはりんごが好きとかケーキが好きとかそういう軽い感じで発せられていたから。
するとあやは軽く笑って、
「私達本気なの。先生に触れたいしキスしたい。そういう好きなの……」
私が言葉もなく立ち尽くしていると、あやは謝罪した。
「ごめんなさい、一方的に気持ちを押し付けて。気持ち悪いですよね、忘れてくださいね……」
その儚い笑みに胸が引き絞られるように痛んで、私は息が苦しくなった。それでも自分の本当の気持ちをその場で告げることはどうしても出来なくて、ゆっくりと首を振って見せると、ベッドに投げ出されているあやの華奢な手をやんわりと握った。
「気持ち悪くないわ。私を好きになってくれてありがとう」
そして聞いたのだ。
私達と言うのだからもう一人以上同じ気持ちの人間がいるのだろうと予測して。
「私と久留美ちゃん。一年の頃からずっと先生が好きだったの」
その久留美と言うあやの幼馴染みの女生徒から私は聞いたのだ。今現在生きているあやが奇蹟なのだと。
「久留美ちゃんは私が知らないと思っているし、私がセンセを好きでいる限り絶対に言わないと思うから。だから、代わりに私が告白するの。私も久留美ちゃんもセンセが好きです。大好きです」
どうしてその時私は答えなかったのだろう。自分もかけがえのないほど少女を愛していると。
どうして応えてあげられなかったのだろう。