追憶 〜保険室で〜
生徒が一人倒れたという知らせを受けて慌てて保健室に駆け込むと、ベッドの上に横たわるのはあの少女。
青白い顔色に頬だけ紅潮させて瞳は滲むように涙を湛えていた。
「大丈夫??」
保険医に倒れた時の状況と現在の状態を聞くと横たわる少女を上から覗き込むようにして訊ねた。
無言で私を見つめる少女の言葉を代弁するように傍らに腰掛けていた女生徒が返答する。女生徒は少女の幼馴染でやはり私のクラスの生徒だった。
「あやは小さい頃から身体が弱くて、ちょっと無理すると倒れちゃうんです……」
そういわれてみれば抜けるように白い皮膚の薄い肌は病弱な印象がある。
「そっか、連日の暑さでばてちゃった??」
夏休みは終わったけれど連日35度を超える暑い日が続いて健康な人間でもかなり辛い。病弱な少女が倒れてしまっても仕方がない。
何気なく触れた額が燃えるように熱くて、私は思わず手を引こうとした。
「気持ちいい」
でも、うっとりと目を閉じて呟く少女に、びっくりして私はそのまま固まってしまった。
どう考えてもおかしな構図なのに、居合わす誰もがそれを気にしてない。なんとも不思議な空間だった。
この幼いような少女がそれを許すのかも知れない。
否、そもそも女性同士なのだから私のように感じる人間はいないだろう。
この空間で私だけが異質なのだ。
この少女に邪な気持ちをいだいているという点で。
「あなたは授業に行きなさい。後は保険の先生に任せましょう」
自分に言い聞かせるように傍らの女生徒へ促す。
永遠にこのままでいたいと言う気持ちと、これはいだいてはいけない気持ちだと言う危機感が私の中でひしめき合う。
「おうちの方には私から連絡しておきますから……」
そう言って私は保健室を後にした。
教室に戻る途中に職員室がある。
私は何故か一緒に歩いていた女生徒に自分はこれから少女の家族へ連絡を取るので、授業が少し遅れてしまう伝言を頼んだ。進学校と言うわけではないからふってわいた少しばかりの自習時間に喜ぶであろう生徒達を想像すると少しばかり複雑だ。
「先生……」
職員室の前で「じゃ」と言って別れようとした私を女生徒が呼び止めた。
いつもあの少女と一緒にいる幼馴染で親友の、彼女。
「あやはもうすぐ誕生日なんです」
意図する意味が判らなくて首を傾げる。
すると彼女は俯いて振り払うように首を振った。
「――あやが生まれた時医者は15歳までは生きられないと言ったそうです……」
「えっ……」
女生徒は顔を上げて真っ直ぐに私の目を見つめた。その苦しいような目の色に私はすとんと納得してしまった。
この女生徒はあの少女を愛している。それは友情とか友愛とか親愛とかそう呼ばれるもの以上の気持ちで。
何故なら私が抱えている気持ちと同じだったから……。
「もうすぐ、あやは17歳になるんです……」
それはいったいどういう意味なのだろう。
何を意味するのだろう。
そう問い返そうとして顔を上げると、彼女は走り去ってしまった後だった。
彼女はライバルである私にもう時間がないことを教えてくれたのだ。
その時には気づかなかったけれど、後から思い返せばそういうことだったのだろう。
そして、とうとうその日が来てしまったのだ。