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 明晰夢を見ている

 【 ホワイトデー 】 前編   後編
 【 一緒に暮らそう 】 前編   後編
天使のキス
 【 明晰夢を見ている 】 前編   後編
 【 それはいつかくる夢の終わり 】   


明晰夢を見ている 後編

「どうしていつも私にキスするの??」
 そう腕をつかまれて心臓が止まりそうになった。
 私の腕をつかむ掌の熱と力強さに目の前が真っ白になる。
 長年の秘め事を知られてしまった。
 いえ、知られてしまっていた。
 “いつも”っていつから気付いていたのだろう。
 どうしてすぐに問い詰めなかったのだろう。
 どうしてこんなにも判りきった答えをあなたは聞くのだろう。
 いったい誰が好きでもない人にキスをするというの。
 何度も何度も繰り返されるキスが戯れであるわけもないのに。
 そんなふうにグルグルと思考が巡って立っていられなくなった私がふらふらとよろめくと、先ほどからあなたに掴まれたままの腕を突然引っぱられ、私はどうにも出来ずにそのままベッドに横たわるあなたの上に倒れこんでしまった。
「きゃっ、あ、ご、ごめんなさい」
 びっくりしてあなたの上から飛び起きようとしたけれどまだ腕をつかまれたままだったので身体を引いた反動で再び勢いよくあなたの上に沈みこんでしまう。
 ぶつかり合った身体と身体がぴったりと密着して、柔らかなあなたの身体の感触にふいに眩暈がした。
 こんな風に身体であなたの身体を感じる事が出来るなんて。
 夢にまで見たシチュエーションに自分の立場も忘れ、思わずときめいてしまった。
 気配にふと顔を上げるとすぐ目の前にうっとりしたようなあなたの顔があって、
「えっ、あの、ええっ?!!」
 柔らかな感触が私の口唇を塞いだ。
 ――うそっ!
 ――信じられない!!
 思考が停止して息をするのさえ忘れてしまう。
 あなたの濡れた舌が私の口唇を辿り、やがて口唇を割って入って来てはじめて我に返った。
 ――信じられない! だって私達、キスしてる。それもディープキスを!
 ぬるりとした感触が私の舌に絡みつく。ざらざらした柔らかな舌で口内を優しくまさぐられて自然と私の身体が震えた。
 ――じゃあ、私達、両想いって事?
 キスはそれこそ何十回何百回としてきたけれど――それは私が一方的にだけれど――こんな風にあなたからキスをされるのは初めてで、そしてそれがこんなにも熱烈なキスだなんて……。
 頭がぼうっとしてどうしたらいいか考えられずにされるがままになっていると、唐突に私を抱き締めていた腕が緩んで口唇が離れた。
 ハッとして見ると、口をうっすらと開けたままあなたがくぅくぅと眠っていた。
「えーーーっと……」
 私はもたもたとあなたの身体の上からどいてベッド脇に立った。
 自分の唇におそるおそる触れてみる。そこは濡れて熱を持っていた。さっき噛まれたり吸われたりしたから。
 それでもまだ信じられなくてベッドを見下ろす。ベッドの上ではあなたが子供のように幸せそうな顔をしてすやすやと寝息を立てていた。
「ねえ、起きて……」
 信じられない出来事に説明を請おうとあなたを起こそうとゆさぶったけれど、お酒が入ってよほど深く眠りに入り込んでいるのかまったく起きる気配はない。
 何度か強く揺さぶってもあなたは起きなかった。そしてこれ以上無理遣り起こすのも可哀想なので明日起きたらこれはどういう事なのかと尋ねる事にした。本当は何が何でも今聞きたかったけれど。だってそうじゃないと今夜は私が眠れそうにないから。
「おやすみなさい……」
 そして私は初めて堂々とあなたの口唇に自分の口唇を重ねて自分の部屋に戻った。



 結局私は悶々として一睡も出来ずに朝が来た。
 今朝は私が食事当番なのでご飯を炊いてお味噌汁を作る。家にいた時は朝はパン食だったのにいつの間にかあなたのために自然にご飯食になってしまった。だって好きな人の喜ぶ顔が見たいじゃない。毎朝好きな人が笑顔で過ごせたら、そしてそれを見る事が出来たら、こんな幸せな事はないと思うから。
 それにしても、こんな朝にはどんな顔をしてあなたと顔を合わせればいいんだろう。
 気恥ずかしいというか照れくさいというか。
 そして凄くドキドキする。
 だって私はちゃんとあなたに好きだって言ってないから。
 だから好きだって告白して、ずっとずっと好きで好きでしかたがなくて、だから何度もキスしていたのって謝らなくっちゃいけないから……。
 そう言ったらあなたはどんな顔をしてくれるのだろう。楽しみなような、ちょっぴり怖いような。
 私は無意識に昨夜のディープキスを思い返して自分の口唇を指で辿っていた。



「おはよー」
 私のドキドキをよそにあなたはいつもと変わりなく寝起きのちょっとぼーっとした顔でリビングに顔を出した。
「あ、うん、おはよう」
 私はきっと耳まで赤くなってる。
 なのにあなたは鼻歌交じりに席について、
「いただきま〜す。朝はやっぱりお味噌汁だよね、んまーい」
 嬉々として味噌汁をすすっている。
 ふと違和感を覚えた。
 まさか。
 そんな、まさか……。
「なんだかとっても機嫌がいいのね」
 私は恐る恐る尋ねた。
「あ、うん。すっごくいい夢見たから」
「――夢……って??」
「あ、ほら、例の、天使の夢」
 ちょっと照れくさそうな表情で頭を掻きながらあなたは答えた。
 ――う、そ……。
 それは何年か前にあなたがぽろりとこぼした夢の話で、天使の夢を見るととても気分や体調が良くなりハッピーな事が起きるらしいのだけれど。
「いい年して天使の夢なんて恥ずかしいな」
 そんな風に照れたあなたはいつもよりちょっと子供っぽくてでもとても素敵だった。
 だけど、だけど、昨夜、天使の夢を見たって、それってまさか。
「も、もしかして昨日の事覚えてない?」
「昨日って玄関から部屋に運んでくれた事?
 ごめん! いい年して酔っ払って手間かけさせちゃって。本当に申し訳ない」
「……」
 あなたはひどく申し訳なさそうに頭を下げて、その上で手を合わせて私に謝罪した。
 ――そんな!!
 もしかしてあのキスは私を天使だと思ってしたの?
 でもどうして天使にキスなんて。
 それもディープキス……。
 私は半ばパニックになってどうでもいいことをグルグルと考えてしまった。
 それじゃああのキスは私には現実であなたには夢の中の出来事なのね。
 夢じゃない。夢じゃないけど言えない。だってあなたは私を天使だと思っていたのだから。
「顔赤いけど大丈夫? 具合悪い?」
 泣きそうになっている私をあなたが心配そうな顔で覗き込む。
 私はただただ首を振って、
「なんでもない、大丈夫」
 そう答えるしかなかった。

END