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夢見るカラス 10
たった四年間だったけれど、この学校での想い出は私の人生の中でもっとも鮮やかで輝かしいものとして生涯残るだろう。
彼女と出会い、彼女を愛し、彼女と決別した。
卒業生代表として答辞を述べた彼女の凛とした姿は永遠に私の目に焼きついたままだろう。
人づてに彼女は国立大学の医学部に進学したのだと聞いた。
彼女らしい堅実な人生の選択に、彼女が進む輝かしい未来に、私の胸に甘やかな幸福とほんの少しの痛みが走る。
もう、私と彼女の人生は二度と重なる事がないのだ。
現実は思ったよりも辛い。
それでも自分の選択は間違っていなかったと安堵の気持ちの方が大きい。
私の人生に彼女を巻き込みたくなかった。
陽の当たる道を歩く彼女を薄暗い路地に引き込みたくなかった。
彼女の純白の翼を穢したくなかった。
彼女が怖かった。
私を揺さぶる彼女が恐ろしかった。
そして彼女にたまらなく惹かれた。
ぐいぐいと彼女に惹きつけられて息をするのもままならないほど苦しかった。
その苦しみから解放された今、私の胸にはぽっかりと虚ろな空洞が生まれていた。
この空虚はけっして埋まる事がない。
何故ならそれは彼女以外では埋まらないから。
そして私達の人生はもう二度と重なる事がないから。
私はこの空虚を胸に生涯生き続けよう。
転勤のために挨拶回りを終えて、いざ学校を後にしようとして後ろ髪を惹かれる思いで校舎を振り返った。
先日卒業してしまったから彼女はもうここにはいないのに、それでも彼女と触れ合った図書館や2年生の教室など、思い出すにはまだ痛みをともなう思い出がそこかしこに溢れていて酷く離れがたかった。
浅い春の夕暮れは早く、ぼんやりと佇むうちにあっという間にあたりは真っ暗になってしまった。
もう辿る事のない駅までの道をぶらぶらと辺りを眺めながらのんびりと歩く。
いつしか頬に温かな感触が流れ、自分が泣いている事に気がついた。
あたりが暗くてよかった。
私は駅までの道を涙を拭いもせずに歩いた。
あと少しだけ、人工の光の中に出るまで、この暗がりに抱かれて泣こう。
暗い夜道を声もなく泣くのは今の私にはとても相応しいから。
そして春休み中、4月に入ってすぐのある日。
インターフォンが鳴ってモニターを覗き込むと、そこに輝くような笑顔を浮かべた海野美波が映っていた。
END