INDEX   ABOUT   TEXT   LINK   MEMO

 夢見るカラス

  1話    2話    3話    4話    5話
  6話    7話    8話    9話    10話


夢見るカラス 3

:微妙な表現が含まれています)

 後期はクラス委員をしないと明言した少女は、後期の委員の選出の際に再びクラス委員に推薦されると、自分はいろいろな委員を経験したいからクラス委員は続けない旨と、皆も是非前期とは違う委員を経験した方がいいと告げてクラスの多くの賛同を得た。はっきりした意思表示と明確な意見は好奇心旺盛な少女達に強い説得力を示したようだった。
 そして、あの、真夏のように強く輝く目が私を射る。
 すべてが暴かれるかのような眼差しに裸にされたように心もとなくて、そして揺さぶられるように心に痛みが走る。
 時として少女は同性のそれも年上の女性に憧れる事がある。その気持ちは嬉しいけれど勘違いしてはいけない。それは一過性の熱病みたいなものなのだから。
 もしくは――。そう、もしくは私の性癖が何か多感な少女に影響を与える独特の雰囲気をかもし出してしまっているのかも知れない。それに影響を受けて少女が勘違いをしてしまった可能性も否めない。
 だれかれともない欲望を抱くわけではないけれど、瑞々しく眩しい女生徒達へ、私自身がそういった思春期を過ごさなかったゆえに、羨望と憧憬を持たずにはいられない。そういう心が知らず滲み出してしまっているのかも知れない。もしそうだとしたらそれはとても恐ろしい事だけれど。
 図書館の閉館時間は夕方6時。司書の仕事はその後戸締りをするだけなのだけれど、閉館間近に多量の返却物があるとそれを所定の棚に戻してからの閉館となるため少し遅くなることがある。最近司書の先生は家庭の事情とかいう都合で定期的に休みを取る事が多く、その為私は昼休みと放課後を図書館に拘束される事が多くなった。仕事の一環でもあるのでそのことには不満はないけれど、一つだけ歓迎できない事が出来てしまった。
「先生、全部終わりました。遅くなってごめんなさい」
「丁度こちらも終わったわ。さ、帰りましょう」
 背後からかけられた声に不自然にならないようにゆっくり振り返ってなるべくそっけなく言葉を返す。
 シンと静まり返った図書館にただ二人だけだと思うだけで走って逃げ出したいような衝動に駆られてしまう。勿論、実際に逃げ出す訳にはいかないけれど。
 本来図書委員は二人一組の当番制で仕事をする。それでもどうしてもその割り当てられた日に都合がつかない時は代わりの委員に交替を頼むか、急でどうしても都合がつかないような場合は一人だけで仕事をこなしたりもする。
 そして、今日は、委員は一人。
 私のクラスの図書委員である、彼女。
 もの言いたげな眼差しで見つめられていたたまれずに目を伏せてその横を通り抜けて出入り口へと向かう。
「――先生!!」
 後ろから飛びつくように抱き締められて、私は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。口から心臓が飛び出しそうと言うのはこういう事を言うのかと、どこか冷静な頭の隅で実感する。
「先生! 先生が好きです。どうしたら信じてもらえるのか判らない。
 愛しているんです。好きすぎて苦しいんです……」
 背中を伝って響く少女のくぐもった声は私の身体に入り込み、痛いほどに心を揺さぶる。
 強く私を抱き締める腕が可哀想なほど震えているのを目にして、私は一瞬で平静を取り戻した。
 胸の下で交差した腕を宥めるように軽く叩いてゆっくりと引き剥がす。腕は思ったよりもずっと抵抗なく外れた。
 振り返ると少女は両腕を力なくだらりと下ろして俯いていた。
 泣いているのかと思って声をかけようとしたその時、図書館の扉が開いて年配の守衛の声がかかった。
「もう終わりましたか?? そろそろ鍵を閉めますよ」


 どうしてこうなってしまったのか……。
 私は自分を慎重で理性的だと今の今まで一度足りとも疑った事がなかった、そう思い込んでいた。
 なのに今、私はソファに押し倒されて、抱き締められて、唇を貪られている。
 そう、キスというにはそれはあまりにも貪欲で熱烈で獣に襲われているかのようだった。
「せんせい…好きなの、お願い、私を否定しないで……」
 合わさった唇の隙間から悲痛な叫びが漏れる。
 私は何故か力の入らない腕を精一杯突っぱねて、自分の上に乗る少女をどかそうと務めた。
 押さえ込まれている頭を振って、執拗な口づけから逃れる。唇を割ってくる舌を噛んで拒否しようとか、それを気持ちが悪いとか、そう思わない自分を不思議に思いつつ、ただ、逃れようと抵抗を続けた。
 こんなのはいけない。
 私は教師で、彼女は生徒なのだから。
 そして私は28歳で彼女は17歳なのだから。
 道を踏み外そうとする若者を諌めてまっとうな道に導いてあげるのが年長者の務めなのだから。
 唇が離れて二人で荒い息のまま視線を外す事もできずに見詰め合っていると、少女の片手が私のシャツをたくし上げて胸を掴んだ。
「駄目、やめてっ!」
 華奢な少女のどこにそんな力があるのかがむしゃらに暴れて逃れようとするのに、びくともしない。
 そのまま下着をずり上げられて、むき出しになった胸に少女がまるで神聖なものに口づけるようにそっと、キスを落した。
 私の身体が何かに打たれたように震える。
 そして恥ずかしさに顔を背ける私の目を覗き込んでひたと強い眼差しで射すくめた。
「こういう風に先生が好きなの。先生のすべてを知りたいし、先生のすべてに触れたい。先生をくまなく愛したい。憧れなんかじゃない、そういう好きなんです」
 言葉を紡ぐ少女の力が緩んだのに気がついて、少女の下から這い出る。
 そして混乱しきった頭のまま、とりあえず慌てて着衣の乱れを直した。先ほど、口づけられた胸のその部分が焼け付くように熱い。
「――帰ります」
 食い入るように私を見つめ続けていた少女の視線がふと伏せられ、少女はゆっくりと立ち上がった。
「私は諦めません。でも、今、無理遣りしたのはよくない事だと判ってます、すいません。
 何度も諦めようとしたんです。
 でも、――諦められなかった。
 ――この恋をどうしても捨てられないんです……」
 潔いほどに深々と頭を下げて少女が帰ろうと背中を見せる。
 私には判っていた。少女の気持ちは憧れだと。私はこのまま一生一人で生きていく人間だと。そしてそれ以前に私達は教師と生徒でありそれ以上の間柄になり得る事が無いのだということを。
「――待って……」
 なのにどうして私は彼女を引き止めてしまったのだろう。
 びっくりとした顔で振り返った少女の顔は17歳だというその年齢よりも酷く幼く見えて私の胸をより深く切り裂いた。


NEXT >>