【 大好きな気持ちはいつも変わらない 】
■大好きな気持ちはいつも変わらない
【 大切な気持ちはいつも変わらない 】
■前編 ■中編 ■後編
【 愛している気持ちはいつも変わらない 】
■ 前編 ■ 後編
【 湖のほとりで君の夢を見る 】
■ 湖のほとりで君の夢を見る
【 母の肖像 】
■1 ■2 ■3
大切な気持ちはいつも変わらない 後編
目を覚ますと一人でベッドに寝ていた。
昨日飲んだワインのボトルやおつまみのお皿、グラス、そういったもろもろは綺麗に片付けられていた。
――あれは、夢だったんだろうか……?
私が目覚めたベッドは窓側のベッドで、美奈子と一緒に倒れ込んだはずのもう一つのベッドは綺麗にメイキングされたまま使われた形跡がなかった。
やっぱりあれは夢だったんだろうか?
夢だったとしたらそれは願望の現われ?
私は美奈子に触りたかった?
それともただ、人恋しかっただけ?
でも、もし、現実だとしたら――。
私は止め処もなく流れ出す思考を振り払うように乱暴に頭を振ると勢いをつけて飛び起きた。時刻は午前7時半、急いで着替えてダイニングへ行かないと朝食を食べはぐってしまう。
流石に一晩寝たTシャツとジーンズはよれよれで朝食を食べる席には相応しくない。窓の外は明るく、今日もとてもいい天気だ。
手早く顔を洗って髪の毛を梳かすとリップだけつけてワンピースに着替え、階下のダイニングに飛び込んだ。
3泊4日はあっという間だった。
空気もご飯も美味しくて体重計に乗るのがちょっと怖い。
3日目の午後、3時間程度だったけど美奈子が時間を空けてくれてこの辺りを車で案内してくれた。
そして3日間毎晩美奈子と晩酌したけれど残りの二日はお互い度を越して飲むようなこともなく、始終穏やかな空気のまま楽しく過ごした。
でも、お休みなさいの挨拶をして別れるのは、ちょっと寂しい。
会社の飲み会でも、学生時代のコンパでも、いつも私はそうだった。ずっと別れることなくこの時間が続けばいいと、いつも願っていたように思う。
でも、楽しい時間には必ず終わりが来るのだ。
本当にあっという間の4日間だった。
朝食を済ませ荷物を纏めると私は美奈子のご両親に挨拶に行った。
「急に来てすいませんでした。お世話になりました」
美奈子の友達だからと料金を受け取れないというお母さんと正規のサービスを受けているのだから受け取って欲しい私とそこで押し問答が始まった。
「とても楽しかったです。また是非遊びに窺いたいからここはお納め下さい」
私達の押し問答に決着をつけたのはお父さんだった。
お互い引けないなら通常料金の半額でどうだろうと。お母さんは少し渋るような顔をしたけれど今までの押し問答に疲れてしまっていて私は一も二もなくお父さんの申し出に甘えた。
料金を計算してもらって支払いを済ませ、美奈子が駅まで送ってくれるという約束だったから自然と目で美奈子を探した。
玄関から見えるテラスの向こうで昨日幼馴染みだと紹介された男性と美奈子が楽しげに立ち話をしていた。男性は農家の長男で昨日辺りを案内してもらっている時に偶然会って挨拶を交わした。美奈子の幼馴染だと言う男性は日に焼けて精悍でとても男らしくてなのに純朴で綺麗な優しい目をしていた。そう言えば美奈子のお父さんにすこし雰囲気が似ている。
「あら、達彦さん、来てるのね。少し待ってもらっていいかしら? 彼、美奈子の婚約者なの」
「えっ?」
私の目線を辿ったお母さんが満面の笑顔で私に話しかけた。
「美奈子は幼馴染みだって……」
「あら、達彦さんをご存知なの?」
「あ、はい。昨日案内してもらっている時にたまたま会ったんです」
「そう。達彦さんと美奈子は幼馴染みでずっと付き合ってるのにタイミングが悪くてなかなか結婚にまでいかなくて。
でも、今年はお父さんの調子も良くなってきたしそろそろかと思っているんですよ」
娘の結婚話を幸せそうに話すお母さんの柔らかな笑顔を私は息を飲んでまじまじと見つめた。
そっか、美奈子、……結婚するんだ。
おめでたい話なのに「先を越されちゃったな」とか「寂しいな」とか思う私は友達としてどうなんだろう。もっと手放しで祝福してあげるべきなのに。
お母さんの温かな眼差しの先にはとても綺麗な笑顔で立ち話をしている美奈子とその恋人がいた。
駅へと送ってくれる帰りの車の中で、私はお母さんに聞いた話を持ち出した。
本当だったらちゃんと応援して祝福すべき事だから。
「母さんがそんなこと?」
運転しながらびっくりした貌で美奈子が助手席に座る私を振り返った。
「確かに結婚するなら彼になるだろうけど、まだ正式に決まったわけじゃないのに……」
「だって、好きな人って彼の事でしょう?」
私の言葉に美奈子は照れたように頬をほんのりと染めてとても綺麗な淡い微笑を浮かべた。
駅に到着し、ホームまで見送ると言う美奈子をまだ仕事の途中なんだからと断って別れを告げ、一人改札をくぐり、誰もいないプラットホームで電車を待つ。
襲いかかるような蝉の声の嵐に、照りつける情け容赦ないぎらぎらした太陽に、私は目を閉じて蹲った。
――私、馬鹿だ。
胸がシンと凍りついたようだった。息をするのでさえ、辛い。
私、きっと――。
いいえ、確実に。
「美奈子……」
浅い呼吸で喘ぐようにその名を紡いだ。
私、美奈子が。
美奈子が、――好き、なんだ……。
今更のように気付いてしまった自分自身の本心に、立ち上がることも出来ないほど私はしたたかに打ちのめされた。
END